【広島】薮田和樹のドラフト2位は母のおかげ!広島のスカウトマンの能力!

こんにちは、ヨシラバーです。

広島東洋カープの強さの秘訣は、バティスタなどの育成のうまさもありますが、薮田のようなスカウトマンの有望さにより、高校大学時代の活躍だけで判断することなく、スカウトのがん力で判断しているところにあるかと思いましたね。

薮田 和樹のプロフィールは?

出身地 広島県広島市東区
生年月日 1992年8月7日(25歳)
身長 188 cm
体重  88 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2014年 ドラフト2位
初出場 2015年7月1日

広島東洋カーブでの活躍は?

2015年

7月1日に一軍に初昇格し、初先発初登板を果たした同日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)で、5回2失点と好投し初勝利を挙げた。直球は自己最速の153km/hを計測しました。

2016年

中継ぎを中心に16試合に登板し、福井優也のアクシデントで緊急先発をし、6回2安打無失点の快投を見せるなど、終盤に3勝上げました。

2017年

セ・パ交流戦から先発に転向し、自己最多の15勝(うち救援勝利3勝)をあげ、カープのリーグ連覇に貢献、自身初タイトルとなる最高勝率も獲得。飛躍の1年となりました。

薮田 和樹は怪我が多いのになぜドラフト2位指名?

薮田は、岡山理科大学附属高校では、1学年上の九里亜蓮に続く有望な投手と目されていたが、3年時に右肘を疲労骨折し、目立った成績は残せませんでした。

また、亜細亜大学で野球を続けたものの、右肘の骨折が再発し、3年になってようやく東都リーグ戦への登板(2試合)を果たしました。

ただ、横浜DeNAの守護神、山崎康晃の控えどころか、ほとんどゲームで投げていない。しかし4年時に右肩を痛め、リーグ戦に復帰できないまま大学野球生活を終えました。

成績だけみると怪我が多く有望な選手ではないのですが、広島東洋カーブはドラフト2位で指名したのです。

薮田の母のタクシーにたまたまマツダオーナーが乗車!スカウトが亜細亜大学に偵察

 松田オーナーが、たまたま薮田さんのお母さんが運転手をしていたタクシーに乗車して『うちの息子が亜細亜大で野球をしています。凄く速いボールを投げるので、ぜひ宜しくお願いします』と声をかけられたそうです。

それで松田オーナーから『亜細亜大に薮田というピッチャーがいるのか。一度、見にいってやってくれないか』と連絡がありました。

オーナの声もありスカウトは亜細亜大学へ

そこでスカウトはもの凄い逸材をみつけたと感じたそうです。母の推薦ですがものすごいアピールがあったのでしょうね。

「持参したスピードガンが152キロを示しました。その球威に加えて、テイクバックが小さい独特のフォームだからボールの出所が見えずにタイミングも取り辛い。しかも、変化球もフォーク、スライダー、カーブにパームボールみたいなものまで投げていて、非常に器用でコントロールもあった。横浜DeNAに行った山崎とは、タイプが違いましたが、これは凄い逸材に出会ったとビックリしました

 広島のドラフト2位のルーキー、薮田和樹(22)が、今日、8日、広島のマツダスタジアムで行われる横浜DeNA戦でプロ2度目の先発マウンドに立つ。 1日の巨人戦では、150キロを超えるストレートでぐいぐ...

薮田の母は?

薮田の今があるのは、女手ひとつで育ててくれた母・昌美さんのおかげですね。

 ドラフト指名時に、TBS系列のドラフト特番「お母さんありがとう」で、薮田和樹が1歳の時に両親が離婚したことや、息子2人の野球選手になるという夢を叶えてあげようと、母が女手一つで昼も夜も身を粉にして働いていたことが明かされました。

 苦労が続き生活苦で心身症になった母は、毛髪が全て抜け落ちて視力が著しく低下しても、かすかにしか見えない状態になったそうです。

薮田は兄から事実を明かされ、大学進学を諦めた薮田和樹でしたが、野球部の監督の勧めで亜細亜大学へ奨学金で進学し、見事プロ野球選手になりました。2013年に、薮田和樹の母は広島で再婚して、幸せになり息子の活躍を応援しているようですね。

まとめ

薮田を14年ドラフトで2位指名する広島のスカウトには、見る目があったというしかないですね。