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クロマティの現役時代の成績は?メジャーの活躍も!

こんにちは、ヨシラバーです。

巨人最高の助っ人は誰でしょうか。ラミレスだと思います?

少し前であれば、クロマティと答える人がおおかったでしょうね。クロマティと言えば「名前は知ってるけど、どんな成績だったっけ?」と疑問に持つ野球ファンも多いのではないでしょうか。

メジャーでのクロマティは?

、1974年プロ入りしてほどなくモントリオール・エクスポズに昇格。1975年いったんマイナーに降格した後1976年に再昇格。1983年まで同球団に在籍していました。
1977年から1983年までは外野手兼一塁手としてずっとレギュラーでした。

メジャー監督就任当時のディック・ウィリアムスやチームスターのアンドレ・ドーソンなどにもかわいがられ、チームの中ではかなり重宝されていたようです。

クロマティは天才だった

1984年巨人で一緒だったレジー・スミスは「クロマティは自分のと同じぐらいトレーニングしていたらMLBでもスターだったろう」とクロマティについて語っていました。

クロマティは遊んでいるような明るい雰囲気が似合っていますよね。

クロマティの成績は?

7年間稼働の打率321ホームラン171打点558です。巨人歴代最大の助っ人といわれるだけありますね。プロ野球での通算打率「.321」(2961打数)を記録する「ヒット量産型」の選手だったのです!クロマティはホームランもプロ3年目(1986年)に「37本」を記録しているので、長打力も備えている打者でした。

ちなみに、MLB(実働10年)で、1104安打61本塁打391打点、打率 .281です。メジャーで通算1000試合、1000本安打をクリアしています。

バリバリのメジャーリーガですね。

クロマティはもう少しで夢の4割りバッターだった

 1989年は開幕後100試合近くまで4割を打っていました。4割が遠くなる3割9分を切った辺りから急に打率が下がり、バースの記録.389を超えることは出来ませんでした。
それでもチームは優勝し、クロマティはMVPを獲得しました。

当時130試合制の規定打席である403打席を過ぎて4割をキープしていました。残りの打席を休めば4割だったのです。もったいないすね。

まとめ

結局バブルの巨人の象徴クロマティ!伝説の外人と言えるでしょう。

クロマティはオフシーズンにマイアミの自宅で六本木の風景がテレビに映るのを観て、すぐにでも飛行機に飛び乗って東京へ戻りたくなるようです。

今では日本で働いているみたいですので、クロマティの現在の記事もみてください。

巨人最大の史上最強の助っ人と言われたクロマティを覚えていますか?成績はもちろんのことユーモアがある性格で人気も人一倍ありました。 最近ではテレビに出ることもあり、現在は何をしているかきになりますよね。 まずは、クロマティの紹介からです。 最近ではテレビに出ることもあり、現在は何をしているかきになりますよね。 まずは、クロマティの紹介からです。

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