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【巨人】石毛博史 現在は?成績は?「勝利の方程式」の背番号24

こんにちは、yoshiloverです。巨人で抑え投手をしていた際に、球団独特の精神的プレッシャーもあって制球を乱し、自滅することが多かったです。そのためかノーコンピッチャーとして叩かれることが多かったのです。
なんと、石毛が抑えとして登場すると、相手チームの応援団から歓声があがった。

今何をしているのでしょうか。

石毛博史のプロフィールは?

出身地 千葉県銚子市
生年月日 1970年7月13日(47歳)
身長  188 cm
体重  93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1988年 ドラフト外
初出場 1991年4月18日

石毛博史の経歴は?

選手歴
銚子市立銚子高等学校
読売ジャイアンツ (1989 – 1996)
近鉄バファローズ
大阪近鉄バファローズ (1997 – 2002)
阪神タイガース (2003 – 2005)
大阪ゴールドビリケーンズ (2010)
06BULLS (2016)
コーチ歴
大阪ゴールドビリケーンズ (2009 – 2010)
06BULLS (2012 – )

石毛博史の巨人時代は?

1992年、宮田征典投手コーチに「故障で長いイニングは持たないが、連投の効く体質を見出され」、抑えとして任されることになりました。

1993年には最高速154km/hの荒れ球のストレートとフォークボール・スライダーで当時の球団記録となる30セーブを挙げます。1994年にもリーグ最多の19セーブを挙げることになります。

長嶋茂雄時代はは、橋本清と共に、「勝利の方程式」と呼び、この言葉をマスコミの間に広めた。

1995年には100セーブポイントを達成すしますが、救援失敗が目立つようになっていき、チームでの信頼がおちてきました。

1997年、トレードで吉岡雄二と共に近鉄に移籍することになりました。

石毛博史の現在は?

06BULLS

2012年からは、06BULLS(当初は関西独立リーグ、2014年よりBASEBALL FIRST LEAGUE)のコーチを務める。

2016年10月7日、06BULLSからコーチ兼任で投手として選手登録され、6年ぶりに現役復帰したのです。

ただ、2017年は、開幕時点では選手登録されていません。

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