こんにちはyoshiloverです。
完全試合かバックスクリーン3連発、どちらかで話題になる男槇原の成績は
どうだったのでしょうか。ポストシーズンには強く、1987年や1994年の日本シリーズでは当時無敵を誇っていた西武ライオンズ相手に好投、特に1994年には日本シリーズMVPを獲得し田男です。
槙原寛己の現役時代の成績は!ピッチングスタイルは?
槙原 寛己(まきはら ひろみ)
生年月日 1963年08月11日(54歳)
出身地 愛知県半田市
血液型 A型
身長 187cm
体重 94kg
趣味 ゴルフ 旅行
所属事務所 株式会社ノースプロダクション愛知県立大府高等学校
1981年ドラフト1位
読売ジャイアンツ (1982-2001)
槙原寛己の巨人での現役時代の成績は?
2年目の83年には12勝で新人王、87年からは3年連続二桁勝利と活躍します。
ただ、下半身の故障が多く、おまけに極度の近視で、阪神戦では伝説のバックスクリーン3連発を浴び、さらにオールスター戦でユニフォームを忘れ練習用Tシャツで登場する天然ぶりも災いし、やがて斎藤や桑田らの後輩に追い抜かれしまうのです。
槙原寛己の通算成績は?
登板463 先発334 完投113 完封35 159勝128敗56S 2485回 三振2111 防御率3.19
通算防御率が優秀だな
飛ぶ球とせっまい後楽園でしたから。
ただ、200勝いくと思ったんですけどね。三本柱みんな200勝行ってないからなぁ…
もし抑え転向がなければ200勝も視野に入っていただけに惜しまれる。
ちなみに斎藤は180勝、桑田は173勝でした
斎藤雅樹
登板426 先発301 完投113 180勝96敗11セーブ 2375.2回 1707奪三振
桑田真澄 先発396 完投118 173勝141敗14セーブ 2761.2回 1980奪三振
槙原寛己のピッチングスタイルは?
当時日本記録となったMAX155キロのストレートを投げていました。
鋭いフォークやスライダーを組み合わせて三振を奪っていくタイプのピッチャーである。調子が良い時は、キレのある球がバンバン決まり、あっという間に三振の山と完封勝ちの出来上がりです。
反面調子が悪い時はコントロールが定まらず、置きにいった球を気持ちよく運ばれて自滅していくイメージですね。
まとめ
斎藤桑田と並び3本柱といわれたピッチャーです。完全試合も残しており、MVPもとり調子がよいときは一番の活躍を見せたのでしょう。
3人とも引退後は全く違う野球人生を歩んでいるのも興味深いところです。
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