読売ジャイアンツの若き右腕、堀田賢慎投手。2019年ドラフト1位という華々しい経歴でプロの門を叩きましたが、その道程は決して平坦なものではありませんでした。
入団直後に右肘のトミー・ジョン手術という大きな試練に見舞われながらも、不屈の精神でマウンドに帰ってきた堀田投手は、今、新たな投球スタイルを模索し、進化を続けています。
本記事では、堀田投手の球速の変化とその理由、出身中学やドラフト時の評価、そして共にプロ入りした同期選手たちの現在地に至るまで、彼の軌跡と未来への展望を深く掘り下げていきます。
項目 | 詳細 |
---|---|
氏名 | 堀田 賢慎 |
ふりがな | ほった けんしん |
生年月日 | 2001年5月21日 |
満年齢 | 23歳 (2025年5月16日現在) |
出身地 | 岩手県 |
身長 | 186cm |
体重 | 88kg |
血液型 | O型 |
投打 | 右投右打 |
ポジション | 投手 |
経歴 | 青森山田高等学校 – 読売ジャイアンツ (2020年~) |
ドラフト | 2019年 ドラフト1位 |
背番号 | 91 (2022年~) |
年俸 | 1660万円 (2025年推定) |
プロ通算年数 | 6年目 (2025年シーズン時点) |
堀田賢慎のなぜ球速落ちたの?

堀田投手の代名詞といえば、やはりその力強いストレートでしょう。しかし、その球速と投球内容は、プロ入り後、大きな変化と進化を遂げています。
プロ入り前の評価と150km/h超えの快速球
青森山田高校時代、堀田投手は最速151km/hのストレートを武器に、全国のスカウトから熱い視線を浴びる存在でした 。
特に高校3年春の東北大会で148km/h、そして夏の大会では大台を超える151km/hを記録し、その評価を不動のものとしました 。この目覚ましい球速アップの背景には、徹底した体作りへの意識がありました。
冬場のトレーニングに加え、1日6食という食事量の増加により体重を7kg増やし、最速を実に13km/hも向上させたのです 。単なる才能だけでなく、弛まぬ努力がその快速球を生み出していたことが伺えます。
参考記事:巨人1位・堀田賢慎(青森山田高・投手) “直球勝負”を掲げて 「ストレートで勝負できる投手になりたい」(週刊ベースボール)
トミー・ジョン手術からの復活と自己最速更新
大きな期待を背負ってプロ入りした堀田投手でしたが、1年目の2020年、右肘にメスを入れるトミー・ジョン手術という大きな壁に直面します 。
シーズン中の復帰は絶望的となり、育成契約も経験しました。しかし、彼はこの逆境を乗り越えます。
地道なリハビリを経て、2021年8月の実戦復帰マウンド(三軍戦)では、いきなり自己最速となる152km/hを記録。さらに同年の別の試合では155km/hを叩き出し、周囲を驚かせました 。
そして圧巻だったのは2023年オフに参加したアジア・ウィンターリーグです。
ここで堀田投手は、自己最速をさらに更新する157km/hという驚異的なボールを投げ込み、完全復活を強く印象づけたのです 。手術を乗り越え、以前よりも速いボールを投げられるようになったことは、彼の精神的な強さとリハビリへの真摯な取り組みの賜物と言えるでしょう。この157km/hという数字は、彼のポテンシャルの高さを改めて示すものでした。
2024年シーズンになぜ球速が落ちた
完全復活を遂げたかに見えた堀田投手ですが、2024年シーズンに入ると、ストレートの球速に変化が見られるようになります。
常時140km/h台前半から中盤で推移することが多くなり、例えば9月14日のヤクルト戦では最速149km/hを記録したものの、シーズンを通した平均球速は144.3km/hというデータも報告されています 。
これは、ウィンターリーグで記録した157km/hからは10km/h以上低い数値であり、一部のファンからは球速低下を心配する声も聞かれました
参考元:巨人・堀田賢慎は球速10キロ減でなぜ抑えられる? (週刊ベースボール)
現在の平均球速と、球速だけではない投球術の進化
しかし、この球速の変化は、必ずしもネガティブなものとは言えません。
むしろ、堀田投手が新たなステージへと進化している証左と捉えることができるのです。他球団の打撃コーチからは、「大きなフォームで思い切り腕を振っている割に直球が来ない。途中までチェンジアップ、スプリットと見分けがつきにくいので打ちづらい」といった分析がなされています 。
また、「角度のある縦振りでカーブを有効に使っている。イメージで重なるのは(元巨人の)マイコラス」という評価も聞かれます 。
実際に、球速表示は以前ほどではなくとも、打者を打ち取るケースが増えています。
その背景には、制球力の向上と、変化球、特にチェンジアップの精度の向上が挙げられます 。2024年の堀田投手は、力だけに頼るのではなく、緩急とコンビネーションを駆使したクレバーな投球術を身につけつつあるのです。
堀田投手自身もインタビューで、コースへの投げミスをしないこと、そしてテンポの速い投球を意識していると語っています 。桑田真澄ファーム総監督(当時)からは「おちょくった球を投げてみろ」と、遊び心を取り入れたスローチェンジアップの試投をアドバイスされるなど、投球の幅を広げるための様々なアプローチが見られます 。
これは、彼が一人の投手として成熟し、より引き出しの多い投手へと進化している過程と言えるでしょう。かつて剛速球で鳴らした投手が、手術を経て、より総合力の高い投手へと変貌を遂げようとしているのです。
堀田賢慎投手 球速変遷と主な出来事
時期 | 最高球速 | 平均球速帯 | 主な出来事/特徴 | 典拠 |
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高校時代 | 151km/h | 140km/h台中盤~後半 | ドラフト注目株、急成長 | |
TJ手術後 復帰初期 | 155km/h | – | リハビリ明け、球速アップ | |
2023年ウィンターリーグ | 157km/h | – | 自己最速更新 | |
2024年シーズン | 149km/h (試合による) | 140km/h台前半~145km/h前後 | スタイル変化、技巧派への進化の兆し |
出身中学:堀田賢慎投手の原点

堀田投手の野球人生の礎は、故郷・岩手で築かれました。
出身中学:花巻北中学校と花巻リトルシニア時代
堀田投手は岩手県花巻市の出身です 。中学時代は地元の花巻市立花巻北中学校に在籍しながら、硬式野球チーム「花巻リトルシニア」で白球を追いかけました 。意外にも、彼が本格的に投手に転向したのは中学2年生の秋頃と、比較的遅いスタートでした 。
当時の中学時代のストレートの最速は125km/hだったと言われています 。この数字は、後の高校時代やプロ入り後の球速を考えると控えめなものですが、ここからの著しい成長が彼のポテンシャルの高さを物語っています。
当時を語る指導者の言葉と成長の軌跡
花巻リトルシニア時代の恩師である畑村総監督は、堀田投手の成長を温かく見守り続けてきました。プロ入り直後のトミー・ジョン手術、そして苦しいリハビリ期間中も、「ここで負けるな」と励ましの言葉を送り続けたと言います 。
堀田投手自身もその恩を忘れず、2019年には同チームの10周年記念式典に参加し、後輩たちの前でプロでの活躍を力強く誓いました 。
畑村総監督は、堀田投手が1軍初勝利を挙げた際には、「要所をしっかり締め、ピンチの時も堂々としていて見ていて頼もしかった。卒団してから精神面も大きく成長した」と、技術面だけでなく、精神的な成長にも目を細めています 。
また、「(リトルシニア時代から)常に日々成長だぞと声を掛けてきた」という言葉からは、地道な努力を積み重ねることの重要性を説いてきた指導者の姿と、それに応えてきた堀田投手の真摯な姿勢が垣間見えます 。このような恩師の存在と、本人のたゆまぬ努力が、現在の堀田投手を形作っているのでしょう。
堀田賢慎の2019年ドラフトレポートや同期

2019年のプロ野球ドラフト会議は、堀田投手の運命を大きく変える一日となりました。
ドラフト1位指名の衝撃と期待
読売ジャイアンツは、この年のドラフト1巡目で奥川恭伸投手(ヤクルトなどが指名、抽選で外れ)、続く1巡目(再入札)で宮川哲投手(西武が指名、抽選で外れ)と、立て続けに目玉投手の獲得を逃す苦しい展開となりました 。
しかし、それでもなお高校生投手の獲得を目指したジャイアンツが、3度目の正直として1位指名したのが、青森山田高校の堀田賢慎投手だったのです 。
この指名は、球団がいかに彼の将来性を高く評価していたかを物語っています。背番号は「32」に内定し、大きな期待と共にプロの世界へ足を踏み入れました 。
スカウトが見た堀田投手のポテンシャル
当時のジャイアンツのスカウト陣は、堀田投手の類稀な才能に惚れ込んでいました。長谷川スカウト部長(当時)は、「体が大きいけど、柔軟性としなやかさがある。指も長いし、フォークとかも覚えられると思う。まだまだ潜在能力はこんなものではない」と、その底知れぬ将来性に太鼓判を押しました 。
また、柏田貴史スカウトも、「185センチの長身から投げ下ろす本格派右腕。肩・肘の柔軟性を活かしたしなやかなフォームから投げ込む最速150キロ超の直球は魅力。一冬で球速が10キロ近く伸びたように大化けの可能性」と、その急成長ぶりとポテンシャルを絶賛しています 1。
最速151km/hを計測するストレートの質と、更なる伸びしろが、スカウトたちの心を掴んだ最大の要因だったと言えるでしょう 2 。彼らは、完成された投手というよりも、将来チームの柱となり得る「原石」としての価値を見出していたのです
同期の桜たち:2019年ドラフト入団選手の今
2019年、堀田投手と共に読売ジャイアンツのユニフォームに袖を通した選手たちは、現在どのような道を歩んでいるのでしょうか。プロ野球の世界の厳しさと、それぞれの選手の奮闘が見えてきます。
読売ジャイアンツ 2019年ドラフト指名選手と現在の状況概略
1位 | 堀田 賢慎 | 投手 | 青森山田高 | 読売ジャイアンツ現役。トミー・ジョン手術を乗り越え、一軍で奮闘中。 | – |
2位 | 太田 龍 | 投手 | JR東日本 | 2023年巨人戦力外。現役続行希望。 | |
3位 | 菊田 拡和 | 外野手 | 常総学院高 | 2024年巨人戦力外。2025年より社会人野球ミキハウス硬式野球部所属、同社社員。 | |
4位 | 井上 温大 | 投手 | 前橋商業高 | 読売ジャイアンツ現役。2024年先発ローテ定着、8勝。プレミア12日本代表選出。 | |
5位 | 山瀬 慎之助 | 捕手 | 星稜高 | 読売ジャイアンツ現役。強肩捕手として期待、2024年9月一軍昇格。 | |
6位 | 伊藤 海斗 | 外野手 | 酒田南高 | 2022年巨人戦力外(育成)。2023年より社会人野球エフコムBCでプレー。 | |
育成1位 | 平間 隼人 | 内野手 | 徳島インディゴS | 2022年巨人退団。2023年より九州アジアリーグ北九州下関フェニックス所属、2024年選手兼任コーチ、同年12月より選手兼任監督就任。 | |
育成2位 | 加藤 壮太 | 外野手 | 埼玉武蔵HB | 2021年巨人戦力外。元ジャイアンツアカデミーコーチ。現在、金融の専門家として活動。 |
同期入団選手の道のりは多岐にわたります。堀田投手と同じく投手として期待された太田龍投手は、一軍登板がないまま戦力外通告を受け、現役続行の道を模索しています 。野手では、菊田拡和選手が2024年に戦力外となり、社会人野球のミキハウスで再スタートを切りました 。
一方で、堀田投手と同じく高卒で入団した井上温大投手は、左肘の手術を乗り越え、2024年に先発ローテーションに定着して8勝を挙げるなど大ブレイク。国際大会であるプレミア12の日本代表にも選出されるなど、目覚ましい活躍を見せています 。同じく高卒捕手の山瀬慎之助選手も、強肩を武器に着実にステップアップし、一軍での出場機会を増やしています 。
育成指名からプロ入りした選手たちも、それぞれの道を歩んでいます。平間隼人選手は巨人退団後、独立リーグで選手兼任監督として手腕を振るっており 、加藤壮太選手は野球界を離れ、新たなキャリアを築いています 。
このように、ドラフト同期と一括りに言っても、その後のキャリアは様々です。プロ野球の世界の厳しさ、そしてそこで生き残るために求められる実力と運、そして不断の努力の重要性が浮き彫りになります。堀田投手がトミー・ジョン手術という大きな困難を乗り越え、今も一軍の戦力として期待されていることは、彼の持つポテンシャルと努力の賜物と言えるでしょう。
まとめ:堀田賢慎のなぜ球速落ちたの?出身や中学ドラフトレポートや同期
ドラフト1位という華々しいスタート、トミー・ジョン手術という大きな試練、そして自己最速157km/hの記録と、それに続く新たな投球スタイルへの挑戦。堀田賢慎投手のプロ野球人生は、まさに波瀾万丈と言えるかもしれません。しかし、その道のりの中で彼が見せてきた不屈の精神と、進化への渇望は、多くのファンに勇気と期待を与えています。
球速という絶対的な魅力に加え、クレバーな投球術を身につけつつある北の剛腕。そのポテンシャルの高さは、誰もが認めるところです。かつての豪速球投手から、総合力の高い真のエースへ。堀田賢慎投手の未来から、ますます目が離せません。今後の更なる飛躍に、心からのエールを送りたいと思います。
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