【巨人】広岡達朗さんとは?過去の発言や川上哲治、吉田義男との関係!

巨人OBの広岡達朗さんが「巨人のFAで獲ったコーチが指導者ではだめ」と発言していました。よく巨人に対して辛辣で歯に衣をきせない発言をしていることで有名ですが、どんな方なのでしょうか。

 選手による野球用具の窃盗、カラオケでの全裸動画の公開と、相次ぐ不祥事でオーナーの交代にまで発展した読売巨人軍。黄金期を支えた巨人OBながら、現役引退後はヤクルト、西武を監督として日本一に導いた広岡達…

広岡達朗さんとは?

野球殿堂入り(競技者部門)もされている偉大な方です。西武のイメージが強いですが、現役時代は巨人のみ。ショートで活躍していました。坂本・二岡の先輩ですね!!

プロフィール

名前 広岡達朗(ひろおかたつろう)
出身地 広島県呉市
生年月日 1932年2月9日(86歳)
身長体重 180 cm70 kg
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
経歴 呉三津田高等学校→早稲田大学→読売ジャイアンツ
監督・コーチ歴 巨人→広島→ヤクルト→西武

“「もうこのへんでいいやと思ったら、その時は敗北している」広岡達朗(元巨人軍ショート、日本野球殿堂入り)”

巨人時代

1954年に巨人に入団、1年目から正遊撃手を務め、打率.314で新人王とベストナインに輝いた。ミスタータイガースの吉田義男と並んで、セリーグの名遊撃手と称されていました。長身で高学歴という華やかなバックグラウンドで、長嶋茂雄入団前は女性人気ナンバーワンでした。晩年は、監督となった川上哲治と意見の相違や衝突が多くなり電撃退団

引退後〜西武監督まで

現役引退直後、メジャーリーグを視察のため4ヵ月渡米。そこで投手ローテーションという概念に衝撃を受けます。のちに評論家活動をへて広島とヤクルトでコーチをしますが、監督に就任したヤクルトで先発ローテーションを導入。西武で日本シリーズに優勝し、セ・パ両リーグで日本一を達成。指導者としての手腕が高く評価された。1992年野球殿堂入り。

エピソード

川上哲治との関係

現役時代から確執は続いているそうです。現役時代に川上哲治の守備に「そのぐらいの球は獲ってください」と言われて憤慨。一旦川上側が軟化の姿勢を見せるも、広岡が週刊ベースボールの取材に「選手の分がわかっていない」と川上監督を批判する記事を寄稿したことで広岡は引退します。
また、評論家時代に広岡の取材を断ったり、西武監督時代に日本シリーズで巨人を下し日本一となった際は川上から「負けりゃよかったのに。藤田に勝たせてやればよかったのに」と言いこれに広岡が激怒。

敵が多い

川上哲治・森祇晶・豊田泰光・江夏豊・東尾修らからは公然とその人間性を批判されています。

信奉する人も多い

教え子世代の選手からは評価する声が多いです。若松勉・大杉勝男・田淵幸一・尾花高夫・伊東勤・辻発彦・大久保博元らからは深く信奉されているようです。

大久保博元「何でボクを獲ったのかというところから始まった広岡野球が、指導者になった今になって、なるほどと思えることばかり」

伊東勤「(広岡の監督辞任直後)その時広岡さんのおかげでチームが強くなったことに感謝する選手はほとんどいなかったと思う。だが、やがて分かる。広岡さんに基礎をしっかり叩き込んでもらったからこそ、その後のライオンズがあったのだ。」

管理野球

広岡は管理野球の第一人者で有名。野球は恩師・中村天風の唱える「心身統一法」を基盤としており、選手たちに「自然食を中心とするバランスのとれた食生活」を勧めていていました。田淵幸一もこの姿勢を評価していました。

まとめ

なぜ巨人に厳しい発言をするのか、バックグラウンドを知ることができました。