渡辺恒雄(なべつね)の若い頃?凄さ!古田!巨人時代!

渡辺恒雄(なべつね)の若い頃?凄さ!古田!巨人時代!巨人
渡辺恒雄(なべつね)の若い頃?凄さ!古田!巨人時代!
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渡邉 恒雄(わたなべ つねお、1926年〈大正15年〉5月30日 -)は、日本の新聞記者、実業家。株式会社読売新聞グループ本社代表取締役主筆。勲等は旭日大綬章。

生誕 1926年5月30日(96歳)
日本の旗 日本 東京府豊多摩郡
(現:東京都杉並区)
教育 東京大学文学部哲学科卒業・東京高等学校卒業(現東京大学教育学部附属中等教育学校)
職業 読売新聞グループ本社主筆

ナベツネの若い頃!共産党員!巨人時代!凄さ

ナベツネ若いころ
ナベツネ若いころ

野球は嫌いだった?共産党員の過去も

東京大学在学中に政治活動に従事(共産党)。その時野球部に「野球なんてくだらないものをする時ではない!」と共産党への入党を進めたという逸話があります。

アンチジャイアンツの安倍首相と親密?

週刊ダイヤモンドの調査で、安倍首相と親密な人ランキングで1位となっていました。

安倍首相は「アンチジャイアンツ」だったはずなのですが、政治的思想は似ているのでしょうか。

ナベツネはどんなひと?有能!嫌われている

渡邉 恒雄(わたなべ つねお、1926年〈大正15年〉5月30日 -)は、日本の新聞記者、実業家。「ナベツネ」の通称で知られる。 株式会社読売新聞社社長、球団オーナー、株式会社読売ジャイアンツ取締役最高顧問、社団法人日本新聞協会会長などを歴任した。

読売のドン 鶴の一声でおなじみ、プロ野球界のフィクサー。

FAや逆指名はナベツネさん発案?

現在はあたりまえとなっているFA(フリーエージェント制)は1993年に始まりましたが、ナベツネ発案と言われています。

この制度は潤沢な資金やブランド力を持つ巨人には有利に働きますよね。日本球界にFA制度導入されたのは清原を西武から巨人に行かせるために堤元オーナーとナベツネが仕組んだ出来レースってマジ?

クライマックスシリーズには反対

2007年のクラマックスシリーズで3連敗となった原巨人に対してこうコメント。

「制度がよくない。リーグ優勝はなんの意味もない。おれがオーナーの時は絶対に反対した。誰がどうしたか知らねぇが、こんなくだらん制度をつくった」

高橋由伸を「名監督」と評価

2018年7月に由伸監督について、高評価しています。この時期由伸はバッシングされていましたからね・・

「(選手を)よく見ている。ひとりひとり全部知っている。名監督だよ」
「もっと強化する」

外様監督には賛成

「ジャイアンツの監督は生え抜きから」というルールを決めたのは渡辺恒雄と言われていますが、実際は松力正太郎さんです。

むしろ渡辺さんは外部からの監督招聘には賛成派で、星野仙一を監督にしようとしていました。

ナベツネ派?

一時期ジャイアンツには「原派」「清武派」「ナベツネ派」に分かれており、高橋由伸と阿部慎之助がそこの派に属していたとジャーナリストは語る。

「渡辺会長が野球にそこまで詳しくないことから、目立つ生え抜きスター選手が属している。いわば“巨人の本流”です」(スポーツジャーナリスト)

たかが選手が!古田

2004年2リーグ12球団の維持を主張していた当時日本プロ野球選手会会長の古田敦也(ヤクルトスワローズ)による経営者側との会談の提案を拒否し、この件に関するインタビューの中で「無礼な事言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が。」と発言しました。

この発言に対し、選手・野球ファンを中心に、世論全体からの猛反発を招いた。

まとめ

プロ野球界のボスではありますが、最近ではおとなしくなりましたね。年齢のせいでしょうか。

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