駒田徳広の現在・今はなにしてる?監督に!高知!日本シリーズ・高校エピソード!

満塁男と呼ばれていた駒田徳広氏をご存知ですか?巨人ファンや横浜ファンであれば知らない人はいないと思います。現在・今は何をしているのでしょうか。高校時代や日本シリーズのエピソードまで紹介します。

巨人・駒田徳広の現在・今はなにしてる?監督に!高知!高校時代やエピソード!

駒田徳広氏のプロフィールです。

本名

駒田 徳広

生年月日1962年9月14日(55歳)
投球・打席左投左打
身長191 cm
体重90 kg
 高校

奈良県立桜井商業高等学校

  • ベストナイン:1回 (1998年)
  • ゴールデングラブ賞:10回 (1989年 – 1991年、1993年 – 1999年)
  • ※受賞回数歴代4位タイ・一塁手部門歴代最多(2015年度発表時点)
  • 日本シリーズMVP:1回 (1989年)
  • 日本シリーズ優秀選手賞:1回 (1998年)
  • オールスターゲームMVP:1回 (1992年・第3戦)

巨人・駒田徳広の高校時代

実は中学生時代は長身ながらも非力で、2番打者だったとのことです。プロ野球選手になる方が、中学時代には開花していない人も多いのですよね。

ただ、桜井商業高校時代は体格もよくなり、エースで4番打者として活躍。ただ、甲子園には出場できなかったかったものの、高校通算で43本塁打、打率.490を記録する。その成績からか巨人には1980年、読売ジャイアンツからドラフト2位で入団します。

駒田徳広が巨人へ入団

新人時代

新人合同自主トレーニングの期間だけ投手としての練習をしていたのです。ただ、駒田自身も投手としての能力に限界を感じていました。そこで、監督であった藤田監督にに野手への転向を直訴します。

結果として、1年目の春季キャンプより(選手登録は投手ながら)野手扱いとなりました。1983年の2年目になんど初打席で、席満塁ホームランをを放って華々しくデビューを飾りました。輝かしいデビューではあったものの、その後は活躍ができなかったのです。

そして、優勝にも貢献します。駒田は規定打席不足ながら12本塁打し、槙原寛己(同54)は12勝をマークして新人王、吉村禎章(同55)は規定打席不足ながら打率.326と揃って数字を残し、「50番トリオ」と呼ばれたりもしました。

一本足打法に挑戦

ただ、そのあとはスランプになり、思うような成績は残すことが出来ませんでした。ただ、センスは認められており、当時の王貞治監督からも、ホームラン打者として期待されたため、同じ一本足打法の習得を薦められ、王真剣を振るなど夜中まで練習をしていたのだが、一本足打法は習得ができず、結果を残せなかったのです。わずか一年で断念します。

青い稲妻の松本匡史氏からレギュラーを奪う

1987年、開幕戦の中日戦では本塁打を放ち、シーズン後半に青い稲妻である松本匡史氏から外野のポジションを奪取します。結果として、1988年、背番号を10に変更し、初めて規定打席に到達し、セ・リーグ打率ランキングの4位に入るほどの選手になりました。

日本シリーズのエピソード・逸話

覚えていますでしょうか。駒田といえば因縁の男がいます。それは、1989年の日本シリーズで、巨人に3連勝していた近鉄の投手・加藤哲郎が「(巨人は)大したことなかったですね」「ロッテより弱い」と報道される。

それに奮起したのか、駒田であった。3連敗していたにも関わらず、それから連勝し、第7戦の藤井寺球場で、加藤哲郎から先制本塁打を放ちます。そして、このシリーズは、7試合までの日本シリーズ史上であるなんと最高打率.522、1本塁打、5打点という成績を残し、最優秀選手に選ばれるほどでした。

駒田と元近鉄・加藤と、テレビ朝日系『お願い!ランキングGOLD 特別編 大きなお世話TV』2014年でなんと対談しています。

まず、加藤哲郎さんのあの発言に対し、駒田徳広さんは言われて当然だった」
と自チームの弱さを認めています。また、それどころが、二人の野球観は
通じるモノがあり、「今の野球界には因縁の対決が足りない」と意気投合しました。

確かに真剣勝負であるからこそ、あのような戦いがあり、ファンの方々は応援に燃えたのです。結果として、当時のプロ野球では当たり前だったのかもしれませんが、あの因縁の対決のような勝負が今のプロ野球には足りないのかもしれませんね。

駒田徳広の現在・今は?高知ファインティングドッグスの監督

2001年には引退をし、その後は解説者をされたり、楽天でコーチをしていました。

駒田氏はいまだにずっと野球にはかかわってこられています。独立リーグの高知ファインティングドッグスの監督を務められているのです。

高知ファイティングドッグスの梶田社長が、現在の駒田氏を就任2年間で勝ちにこだわれるチームになり、順位も3位、2位と上げている。」

続けて駒田監督が「来季は選手もがらっと替わる。どれだけ活躍できるか分からないが、特化した能力のある選手が集まってくれる。それが化ければ優勝できる。まずは打撃コーチになろう、かと。野手を育てNPB(日本野球機構)に入れたい」と決意を述べています

ぜひとも駒田氏には高知ファインティングドッグスではたくさんの勝利を収めて、NPBに入ってくる選手をたくさん育ててほしいです。

まとめ

今回は元巨人軍の満塁男、駒田徳広さんを紹介しましたが、いかがでしたでしょか。

現在の駒田氏まで紹介させていただきました。監督としても、まだまだこれからの活躍がたのしみですね。今後の駒田氏巨人でのユニホーム姿ももう一度見たい気がしますね

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