川相昌弘監督は解任・クビだった!巨人の不祥事 のせいか!

こんにちは、ヨシラバーです。

今度は川相昌弘2軍監督の電撃退団に衝撃が走りましたよね。2軍で圧倒的な監督としての成績を残し、若手を育て上げているにも関わらず、突然の電撃退団です。

 原前監督時代に1軍ヘッドコーチを務め、2016年に創設された3軍を初代監督として軌道に乗せ、今季は2軍を率いてイースタン・リーグ優勝。ところが2軍の日本一を決める今月6日のファーム選手権直後、球団幹部からクビを言い渡された。

何が起きたのでしょうか。

川相昌弘のプロフィールは?

生年月日 1964年9月27日
身長 176 cm
体重74 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手、三塁手、二塁手、外野手、一塁手[1]
プロ入り 1982年 ドラフト4位
初出場 1984年4月24日
最終出場 2006年10月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
岡山県立岡山南高等学校
読売ジャイアンツ (1983 – 2003)
中日ドラゴンズ (2004 – 2006)

原辰徳は川相昌弘をクビにした?

本当かどうかわかりませんが、原辰徳2次政権は、晩年は関係がわるかったとか?

下記のような記事がインターネット上にはありました。

「これまでも2人の意見が合わないことはよくありましたが、最近は監督がヘッドに対しての不満を隠さなくなっていました。川相さんの専門指導分野であるバントのミスが多発していたことも配置換えの一因になったのでしょう」

ただ、巨人を退団する年、引退してコーチになるように原監督に誘われていましたが、
急遽、人事異動で原監督が辞める事になり、他のコーチ陣も追随退団しました。

巨人から何の連絡もなくコーチ就任もあるかないかわからい宙に浮いた立場に立たされ、
かなり遅れてコーチ就任要請がきたときには巨人への不信感もあり本来の意向である現役続行を選んだと聞いてます。

こんにちは、ヨシラバーです。 由伸辞任、鹿取GM辞任までは予想ができましたが、次期監督候補だった川相がまさかの退団です。 巨人には派閥争...

巨人の球団OBが川相退団について語る

 球団OBは「親会社から1軍監督候補にも挙げられた川相さんが、次期監督に決まった原さんにとって邪魔になるのは分かる。でも言われたままにクビを通告するだけなら、“子供の使い”だ。今後また体制が変われば力を借りる可能性だってあるのに、いきなり球団の外にほうり出すなんて」と憤る。

巨人の川相昌弘2軍監督の電撃退団について夕刊フジが報じた。今季は2軍をイースタン・リーグ優勝に導くなど、数々の功績を残している。その川相氏を「いきなり球団の外にほうり出すなんて」と球団OBは憤った

川相 昌弘の著書は?チームに貢献し世界記録をとった男の野球への姿勢を学ぼう!

明日への送りバント

昨年世界記録を塗り替えた川相昌弘選手の初の著書です。

大人から子供まで誰でも読めるといった内容であり、川相選手がどうやって考え野球に取り組んできたか、レギュラー獲得以降ブラウン管を通して観ただけでは分からない苦労があったかなどが語られています。
 分ではなくチーム貢献に徹するその姿勢は、勤め人にも学ぶべきものも!

川相昌弘スモールベースボールを紐解く―名手に学ぶプロフェッショナル野球論

野球に対する姿勢から、それを支える考え方の本であるとのこと。

 野球に限らず、社会一般で大事にしていきたいことが述べられており、球界の裏話や昔の話が沢山書いてあるそうです。

勝つための言葉

川相氏はこの本で伝えたいことは、ことわざ四文字熟語らしいです。

コーチとして僕が意図していることが伝わっているか、伝え方が適切かどうか確信が持てないとき、思いついたことが、ことわざ・四字熟語だった。

 簡潔な言葉を使うことで、選手たちも興味を持ってより理解しようとするのではないか。技術はもちろん、勝つために大事な精神力を言葉で伝えるいい方法かもしれない。そう思っている。

まとめ

原辰徳は現役時代もマスコミからよくたたかれていました。

監督時代も清原和博や仁志との不仲説が流れています。

ただ、本人たちは否定しています。

川相さんの退団が優勝を決めた次の日であったために、憶測を呼びましたが、

原辰徳のせいとは考えたくありません。