【巨人】鹿取義隆GMが解任し、原辰徳の独裁政権へ!

こんにちは、ヨシラバーです。

原辰徳と犬猿の仲といわれる鹿取 義隆GMが辞任になりそうです。

原辰徳が初めて優勝したのは鹿取がヘッドコーチであったのですが、二人には何があったのでしょうか。

鹿取 義隆のプロフィール

出身地 高知県香美市
生年月日 1957年3月10日(61歳)
身長 174 cm
体重 78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1978年 ドラフト外
初出場 1979年4月7日
最終出場 1997年10月5日

鹿取 義隆がGMになったきっかけは?

鹿取GMは昨年、球団ワーストを更新する13連敗の直後の6月13日に就任しました。

成績不振の責任を取って辞任した堤辰佳前GMの後を受けて、編成部門のトップに就いたのです。

鹿取 義隆がGM退任の可能性あり

鹿取GMが下記のようにコメントしています。

「監督一人のせいではない。我々としては戦力面で監督に対して十分なバックアップができていなかった」

鹿取 義隆は2017年二人の捕手を獲得を指示した

鹿取の命令で、2位(岸田行倫、大阪ガス、21)と3位(大城卓三、NTT西日本、24)で社会人捕手を指名しました。

「こんな指名、聞いたことない。巨人の捕手は今季、小林誠司が138試合に出場、打撃のいい宇佐見真吾も頭角を現してきたが、よほど今の捕手が不満なのか……。巨人の捕手は11人体制になりました」

「鹿取さんは前日も『野手中心になる』と言ってましたし、常々『キャッチャーを何とかしないと』と言っていた。で、特にこだわっていた岸田について他球団のスコアラーが流した『3位じゃ残ってない』という情報に惑わされて、繰り上げ指名。清宮を外して、もう失敗できないと焦ったんでしょう」

原辰徳と鹿取 義隆の関係は?

原の最初の監督就任時に原自身にヘッドコーチを頼まれ、初年度に日本一になりました。

しかし翌年は投手起用に関して監督と衝突した模様で、シーズン中に、ヘッドコーチなのにブルペン担当投手コーチとの配置転換などを経て、9月5日、シーズン終了を待たずに退団してしまったとのです。

原が監督に再就任する際、投手関連のコーチ就任を打診されていますが、鹿取はそれを固辞しました。

それが原辰徳が3度目の監督が原因となってか、退団となる模様です。

こんにちは、ヨシラバーです 巨人高橋由伸監督(43)が今季限りで退任することが3日、決まりました。 候補としては中畑清や川相がなるのかも…と思っていましたが、原辰徳で決定しました。 原辰徳のプロフィールは? 出身地 神奈川県相模原市(現在の相模原市南区) (出生地は福岡県大牟田市) 生年月日 1958年7月22日(60...

まとめ

鹿取が抑えの時代に原辰徳が4番をうっており、2002年に西武に勝ち越して、日本一になった仲でもありますが、プロでの仕事となると関係がわるくなってしまうのですね。

山口オーナーも原辰徳と鹿取は相性がわるいとわかって首にしたんでしょうね。