新庄剛志の西日本短期大学附属高校時代!甲子園の成績は?画像・動画

新庄剛志(ビックボス)
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新庄剛志さんが卒業した高校は、「西日本短期大学附属高等学校」。
スポーツにおいては福岡県屈指の強豪校です。
さっそく、高校時代の新庄選手の画像・動画をみてみましょう。

福岡では「東福岡」をはじめとした「福岡大学附属大濠」「九州国際大学附属」や、長い歴史と伝統を
持つ「柳川」等の歴戦の強者が立ちはだかります。
その中で「全国制覇」を合言葉に日々練習に明け暮れる毎日です。

西日本短期大学附属高校時代とは

福岡県の茶どころとして有名な「八女市」に位置
生徒数約600名(2018年4月現在)と規模的には比較的こじんまりしたのどかな雰囲気の高校
女優の「田中麗奈さん」の出身高校

新庄剛志の高校時代から肩の強さ!努力!

新庄剛志の高校時代の動画

高校は父親からの薦めもあり西日本短期大学附属高等学校へ一般生として入学しました。 硬式野球部員として寮生活を送っています。 浜崎満重(元西日本短大付高監督)がいうには。

「福岡・長丘中学校で6番を打っていたとしか聞いていませんでした。実際に入学してきて、飛び抜けて凄いな、とまでは感じませんでしたが、他の1年生よりも肩が強くて足が速い。将来有望だなと思いましたね」

高校時代のポジションは?肩の強さ

監督の発言です。

「投手や遊撃もやらせましたが、3年時には中堅の守備は一流の域に達していました。

プロでも守備はやれると。後にも先にも高校監督時にプロ入りを勧めたのは新庄だけです。ただ、当初は送球のコントロールが身についていなかった。

私自身、チームプレーを重視し、守備では走者の進塁を防ぐことを大事にしていたこともあり、新庄には中継のカットマンを目がけて投げるように指示したりしました。

そうすることで、より正確な送球ができるようになるという狙いもありましたね。プロでゴールデン・グラブ賞を何度も取るようになったのは、本人の努力のたまものでしょう」

3年時の1989年、1番・中堅手として挑んだ第71回全国高等学校野球選手権福岡大会の4回戦・筑紫丘戦(久留米市野球場)で、練習試合を含む高校時代初のサヨナラ安打を記録(8回コールドゲーム)します。

決勝の福岡大大濠戦(久留米)では、生涯初のサイクル安打を達成するも敗戦しました。

高校時代に部の全国大会出場は叶わなかった。

新庄剛志の高校時代の成績は?

なお、高校時代の新庄剛志選手の野球成績ですが、
高校3年生のとき、1番‧中堅手として挑んだ第71回全国高等学校野球選手権福岡大会において、
といった記録を残しています。

◎高校1年生:1987年第69回夏の福岡大会
・準決勝で東筑に0-4で敗退
◎高校2年生:1988年第70回夏の福岡大会
・2回戦で東福岡に2-5で敗退
◎高校3年生:1989年第71回夏の福岡大会
・決勝で福岡大大濠に4-6で敗退

新庄剛志の甲子園出場?

新庄剛志さんは高校時代に甲子園に出場しているのでしょうか。


調べてみたところ、新庄剛志さんは高校時代に甲子園には出場していませんでした。


先ほどもお話ししましたが、西日本短期大学高校は2021年11月現在で、甲子園出場回数は春1回、夏6回です。


春夏合わせて合計7回甲子園に出場した中で、残念ながら新庄剛志さんが在学中の年度はありませんでした。

まとめ

同世代では元木大介がスーパースターでしたね。その他、西敏久や小久保など巨人で活躍した選手が多いです。ちなみに新庄剛志も巨人ファンでした。

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