松井秀喜のメジャー で成績やホームラン!MVPの凄さ!

こんにちは、ヨシラバーです。

日米野球ですが、話題になっていますね。

やっぱり、松井秀喜がコーチとしてでていることに違和感を感じつつもあり、アメリカの選手であったと悲しさもありながら、偉大さを感じられずにいられません。

松井秀喜のメジャーリーグの活躍をふりかえってみましょう。

松井秀喜がメジャーでそれもヤンキースと契約しゴジラブーム

2002年12月19日にニューヨーク・ヤンキースと総額2100万ドル(当時約25億4100万円)の3年契約に合意しました。

 ニューヨークの新聞各紙は「ゴジラがブロンクスにやってくる」という大見出しをつけた。

松井は「ヤンキースはメジャーの中でも素晴らしい伝統がある。素晴らしいプレーヤーがたくさん在籍した球団。自分の中でも一番刺激があるチームで自分の力を存分に発揮したかった」と語っています。

ヤンキース史上初のアジア人打者でありました。

松井秀喜のメジャー1年目ではホームラン王としての活躍ができず

3月31日、公式戦開幕試合のトロント・ブルージェイズ戦に5番レフトで先発出場しました。メジャー初本塁打となる満塁本塁打を放ちました。また、4月12日にはメジャー初のサヨナラ安打を放ち、豪快なメジャーデビューです。

 7月に行われたMLBオールスターゲームにファン投票のア・リーグ外野手部門で3位に入り初出場を果たした。日本人では1995年の野茂英雄、2001年のイチロー、佐々木主浩に続く4人目のオールスターゲーム出場となった。

 7月17日に行われたオールスターゲーム出場後の後半開幕戦のクリーブランド・インディアンス戦でデビッド・リスキーの146km/hの速球を右中間スタンドに運び、日本人メジャーリーガー初のサヨナラ本塁打を放った。

 新人かつヤンキースの選手としては21世紀になって初めてシーズン163試合に出場した選手となった。しかし、本塁打数はわずか16本と、期待外れの結果に終わった。

松井秀喜は筋肉改造をして日本人としてはいまだ破られないホームラン31本

2004年は前年16本塁打に終わったことを反省し、オフに大幅な筋肉増量に取り組んだ。そのため松井の身体、特に上半身は一回り大きくなりました。

  それが功を奏し、重心の位置を下げてスタンスを広めにしたことにより、左方向への本塁打が増加。

 東京ドームで行われたタンパベイ・デビルレイズとの日本開幕戦に先立って開催されたヤンキースと巨人の親善試合では凱旋本塁打を放つ。デビルレイズとの開幕2連戦では「2番・左翼」でフル出場し、2戦目には日本のファンの前で第1号本塁打を放ち、またNPB・MLB通算350本塁打を達成します。

  その後は前年より大幅に速いペースで本塁打を量産し、6月4日には、前年より41試合早い53試合目で10号本塁打に到達。5月最終週には二度目の週間MVPも受賞した。

 9月30日のツインズ戦で日本人選手初の3試合連続本塁打を放った。最終的には日本人メジャーリーガー史上最多で前年のほぼ倍にあたる31本塁打と同最高のOPS.912を記録し、打率こそわずかに3割を下回ったが、三部門全てで前年を上回る好成績を残しました。

2005年には、3年連続で全試合出場を果たすと共に、メジャーでの自己最高となる打率.305、116打点を記録。 松井自身は打率と打点で前年を越える成績を残したことに満足感を示したものの、本塁打の減少については来年の課題となりました。

松井秀喜の野球人生を大きく左右する怪我をしてしまう


2007年5月11日に本拠地ヤンキー・スタジアムで行われたレッドソックス戦の1回表、マーク・ロレッタの放った浅めのフライを滑り込んでキャッチしようとした際にグラブが芝生にひっかかり左手首を故障。そのまま途中交代した。

1イニング守備に就かずに交代したため、巨人時代の1993年8月22日から続いていた連続試合出場記録が「1768」で途切れた。

ニューヨーク市内のコロンビア大メディカルセンター病院で即日の検査を行った結果、左手首(橈骨)骨折と診断。翌朝に手術が行われ、故障者リスト入りする。

チームメイトに与えたショックも大きく、デレク・ジーターは「松井の代わりなんて誰もいない」と語るほどでした。

松井秀喜は日本人初のヤンキースの一員としてワールドシリーズMVPに選ばれる

2009年のポストシーズンには主として「5番・指名打者」として出場します。

ミネソタ・ツインズとのディビジョンシリーズ第1戦では、試合を決定付ける2点本塁打を放った

ロサンゼルス・エンゼルスとのリーグチャンピオンシップシリーズでは初戦で2打点と活躍したものの、第4戦・6戦では無安打とやや調子を落とし、打順も6番に下がったが、チームは4勝2敗でエンゼルスを下し、メジャー1年目の2003年以来6年ぶりにワールドシリーズへと駒を進めた。

ヤンキースの3勝2敗で本拠地に戻った第6戦では先発に復帰し、2回にペドロ・マルティネスから先制の2点本塁打を放つと、3回には中前適時打、5回にも右中間を破る適時二塁打で2打点ずつを加え、ワールドシリーズ・タイ記録となる1試合6打点をマークし、スタジアムのファンからは「MVP!」の大歓声が沸き起こった。

9年ぶりの世界一に貢献し、13打数8安打3本塁打8打点、打率.615、OPS2.027で日本人選手初、フルタイムの指名打者としても初めてとなるワールドシリーズMVPに選出されました。

松井秀喜は他球団を渡り歩くも2012年に引退し、日本のファンに衝撃をあたえる。

2012年12月27日にニューヨーク市内のホテルで緊急記者会見を開き、2012年シーズン限りで現役を引退することを明らかにました。

 引退を決断した理由として、「命がけでプレーし、メジャーで力を発揮するという気持ちで10年間やってきたが結果が出なくなった」と述べ、NPB復帰を選択しなかったことについては「10年前の日本での自分の活躍を想像するファンの期待に応える自信を持てなかった」と説明しました。

まとめ

やっぱりジャイアンツへの復帰はないのかと寂しくさせる日米野球で感じさせます。