秋山翔吾の実家!母は秋山順子!父は秋山肇?現在?母子家庭?母の日

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秋山翔吾の実家!母は秋山順子!父は秋山肇?現在?母子家庭?母の日
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秋山 翔吾(あきやま しょうご、1988年4月16日 – )は、神奈川県横須賀市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。広島東洋カープ所属です。

秋山は子供の頃に父親から野球を教わり、清水隆行のフォームを真似していたといいます。父親は秋山が小学6年の時に病死しています。2000年に父肇さんが、がんのため40歳で他界しています。母子家庭です。

野球をやるって決めながらも、「もし辞めたら、どういうところに行きたいかな」と考えていた。高校の時の進路相談では工科系を見ていて、建築とか、作図とかにも興味を持っていたそうです。

ただ、父の影を追いながら野球をやっていたそうです。それで野球選手になれたと話しています。

出身地 神奈川県横須賀市
生年月日 1988年4月16日(34歳)
身長
体重 184 cm
87 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2010年 ドラフト3位
初出場 NPB / 2011年4月12日
MLB / 2020年7月24日
最終出場 MLB / 2021年9月16日

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秋山翔吾の家族構成は? 両親!父が秋山肇!母が秋山順子!実家!母子家庭?母の日

実家は?

秋山翔吾選手の実家は、神奈川県横須賀市

2歳から野球を始め、通っていた大津幼稚園の卒園文集には

やきゅうせんしゅになりたいです。いちろうみたいに ひっとうちたいです

と早くも将来を見据えていました。

横須賀市立大津小学校に入学した小学1年から、ソフトボールチームの「大津スネークス」に入部。

5年生からは軟式野球チーム「湘南武山フェニックス」に入団し、投手・捕手・内野手・外野手として、マルチに活躍しました。

実は子供のころには「昆虫博士」という夢もあったのですが、小学校卒業文集のタイトルは

「プロ野球選手を目指して」

夢は目標へと変わっていきます。ただ、秋山は母子家庭でした。

母は秋山順子?母子家庭

 

自主トレを行うロサンゼルスから、女手ひとつで育ててくれた母順子さん、そして2人の愛息の母である妻彩香さんへ-。“ルーキーイヤー”の誓いを送った。

母へ。プロに行った時もメジャーに行ってからも、俺の心配をすることは変わらないと思います。どんな状況でも全力で野球に向き合っていくので、体に気を付けて、これからも応援してください。

妻へ。アメリカに子供を連れて生活することは不安なことがあると思うけど、アメリカで野球をやろうと選んだことを後悔させないように、野球にも家族にも向き合っていきます。これからもよろしくね。

ひとり親の活動も西武時代にしていました。「埼玉県母子寡婦福祉連合会」を通じて、埼玉県内のひとり親家庭の親子を招待していました。

ひとり親家庭で育った秋山は「努力し続ければ夢は叶う」という想いを伝えたいという意志のもと、今回の活動を開始したといっていたそうです。2015年から続けている大切な活動でした。

 「こういうのをすごく喜びすぎる母なので…。体にだけは気をつけて、これからも応援してください」

引用元:母子家庭応援3安打!西武・秋山、女手一つで育ててくれた母に感謝(サンスポ)

父は?秋山肇

秋山翔吾選手のお父さんの名前は、秋山肇さん。神奈川県立追浜(おっぱな)高校で球児だった肇さんの夢は

息子をプロ野球選手にしたい

父・肇さんは夢を果たすべく、幼い秋山少年に野球を教え、右打ちを左打ちに変えたのもお父さんの指導によるものです。

秋山少年が小学4年生の時には、知り合いで中学の陸上部顧問に

息子を鍛えてくれ

と依頼。

秋山少年は中学生と一緒に練習を行い、中学生に走り負けると、真剣に悔しがっていたそうです。野球の特訓を積んでいた父子でしたが、やがてお父さんに病魔がおそいます。

病名は「胃がん」でした。入退院を繰り返すようになったお父さんでしたが、栄養を点滴でとるようになってからも、ノックや走り込みにつきあってくれました。

しかし、2000年11月、秋山選手が12歳の時に、父・肇さんは帰らぬ人となります。

秋山は強く、威厳のある父親だった。遊んでもらったり、楽しませてもらったけど、こと野球に関しては厳しかったと話しています。父親が生きていたら、自分は野球選手になれたのか。いや、なれていないと思うというほどの存在だったそうです。

父にたいして日刊スポーツでコメントを残しています。

幼い頃から英語を習っていたのも、父親が「メジャー行った時にどうするんだ」っていう感じだったとも聞いて。普通の発想じゃない。あの時代(90年代後半)にメジャーリーグを頭において。恐ろしい父親だと思う。

生きていたら、言おうと思えば文句だって言える。大人になって意見したくなることもあっただろうけど、その相手がいない。だから、与えられたものに対して実を結ぶしかない。野球についても厳しい指導をされたけど、父親にはお金や自分の休みも使って、命をかけてまで野球選手にしたいって思いがあったんだと思う。英会話、そろばん、水泳。習い事は全て野球につながっていた。だから、野球に対して中途半端なことをしちゃいけない。

逃げ場がないって言えば、そうだったかもしれない。これだけ賭けてもらってきたものに対して「突き詰めてやるしかないな」っていう気持ちに、どんどんなっていった。「俺は野球選手にならないといけない」という思いがずっとあった。野球が家族をつないでいるものなんだ、とも思っていた。だから野球選手になったことに関して言えば、父親が亡くなったことが、いいトリガーを引いたのかもしれない。でも、母親にとっては稼ぎ頭がいなくって、一番のパートナーがいなくなった。家族としてはすごい苦しいトリガーを引いている。(人生の)分岐点だった。

引用元:秋山翔吾、米国で迎えた父の日 天国で見守る父語る

まとめ:秋山翔吾の実家!母は秋山順子!父は秋山肇?現在?母子家庭?母の日

いかがでしたでしょうか。

秋山翔吾の実家!母は秋山順子!父は秋山肇?現在?母子家庭?母の日についてお伝えしました。

普通の生活ができていたら、やっぱり、どっかで甘えてしまったとっこたえています。「プロになって家族を養うんだ」というハングリーさはなかったんじゃないかなと答えています。

ハングリーさが広島カープでもでていますね。もちろん子供のためもありますでしょうね。

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