王恭子さんは、プロ野球界のレジェンドである王貞治さんの最初の妻です。1966年に王貞治さんと結婚し、3人の娘に恵まれました。
旧姓は小八重 恭子(こばえ きょうこ)さんといい、結婚前は都内の高校に通う普通の女子学生でした。当時、新聞社に紙を卸す会社を経営する厳格な家庭に育ったお嬢さんだったそうです。
恭子さん自身も東京都出身で、生まれ育ちも東京でした。結婚後は夫である王貞治さんを陰で支え、「世界のホームラン王」を陰ながら支えた献身的な伴侶として知られています。
項目 | 内容 |
---|---|
名前 | 王貞治 (おう さだはる) |
生年月日 | 1940年5月20日 |
国籍 | 中華民国 |
出身地 | 東京都墨田区 |
身長/体重 | 177 cm / 79 kg |
投球・打席 | 左投左打 |
ポジション | 一塁手 |
プロ入り | 1959年 |
初出場 | 1959年4月11日 |
最終出場 | 1980年10月20日 |
経歴(選手) | 早稲田実業学校、読売ジャイアンツ (1959 – 1980) |
経歴(監督・コーチ) | 読売ジャイアンツ (1984 – 1988)、福岡ダイエーホークス・福岡ソフトバンクホークス (1995 – 2008)、日本代表 (2006) |
王貞治さんとの馴れ初め
恭子さんと王貞治さんの出会いは偶然でした。王さんが巨人に入団した新人時代の1959年オフ、多摩川の巨人軍合宿所付近で急な雨に見舞われ、雨宿りをしていた際に、たまたま一緒になった女子高生2人組の一人が恭子さんだったのです。
当時高校一年生だった恭子さんは、ジャイアンツファンの友人に誘われて多摩川の河川敷の練習場までサイクリングに来ていたといいます。
その場には陽気に話す友人と、少し控えめな恭子さんがいて、王さんは「おとなしい子だな」という第一印象を持ったそうです。
雨宿りをきっかけに会話が弾み、その後2人は練習場に遊びに来るようになります。最初は交際に発展しませんでしたが、王さんが長嶋茂雄さんの結婚(1965年)を機に「そろそろ自分も身を固めよう」と考えるようになり、恭子さんとの関係を真剣に意識し始めました。
出会いから7年目の1966年12月1日、明治神宮で挙式し、ホテルニューオータニで披露宴を行いました。
プロポーズの言葉は当時流行していた曲名にちなんで「ドドンパはお好きですか?」だったというエピソードも伝わっています。
青春時代から長年連れ添ったお二人の馴れ初めは、まさに運命的な出会いから始まったのです。
王恭子さんの死因と亡くなった時期
長年にわたり王貞治さんを支えた恭子さんですが、残念ながら2001年12月11日、胃がんの再発により東京都港区の虎の門病院で帰らぬ人となりました。享年57歳、あまりに早すぎる死でした。
実は1998年頃に胃がんが見つかり手術を受けていましたが、2001年になって病状が悪化し、王さんもシーズンオフに急遽帰京して看病に当たったものの及ばなかったと伝えられています。
王さんは著書の中で「野球一点張りで何の孝行もしてやれなかったけれど、唯一の救いは献立で一度も困らせなかったことだろうか。『何でもいい』と言われるのが一番困るという話をよく聞くので、これだけは負担をかけずに済んだかもしれない」と綴り、恭子さんへの想いと感謝を述懐しています。
愛妻を亡くした王さんは深い悲しみに暮れ、以降しばらく独身を貫きました。葬儀は目黒区碑文谷の円融寺で執り行われ、恭子さんの遺骨は同寺に埋葬されています。その後、2002年末に円融寺で恭子さんの遺骨が盗まれるという衝撃的な事件も発生しました。
遺骨は今なお見つかっておらず、王さんは「妻は心の中で生きている」と語り、最愛の恭子さんへの思いを胸に秘めています。
王貞治の子供は何人?娘たちのプロフィール
王貞治さんと恭子さんの間には3人の娘さんがいます。結婚して姓が変わっても「里(実家)は王家」という意味を込めて、3人の娘全員に「理」の字が名前に使われました。
以下に娘さんたちのプロフィールを簡単にご紹介します。
順番 | 名前 |
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長女 | 理香さん |
次女 | 理恵さん |
三女 | 理沙さん |
長女:王 理香(りか)さん(1968年生まれ)
一般の方のようで、メディアへの露出はほとんどありません。詳細な情報は公表されていませんが、家庭を持ち母親になっているとの報道もあります。
次女:王 理恵(りえ)さん(1970年3月7日生まれ)
スポーツキャスターやタレントとして活躍し、雑穀アドバイザーや野菜ソムリエの資格も持つ才女です。
福岡ダイエーホークスのリポーターとしてメディアに登場し、その後は全国ネットのテレビ・ラジオ番組でキャスターやパーソナリティを務めました。
私生活では結婚と離婚を経験し、お子さんもいらっしゃいますが、現在は食と健康に関する活動に力を入れているようです。
三女:王 理沙(りさ)さん(1971年生まれ)
一般の方で、公の場にはあまり姿を見せていません。長女同様、詳細は非公表ですが、結婚して家庭を築いているとの情報があります。
王さんは娘たちに対しても礼儀やしつけに厳しく接したそうで、幼い頃は怖いお父さんだったと娘さん達が振り返るエピソードもあります。
しかし現在では、次女の理恵さんをはじめ娘たちは父である王さんとも良好な関係を保っており、理恵さんは「父の再婚相手の方とはお姉さんみたいな感じで仲良くさせてもらっています」とコメントしています。
長年にわたって日本プロ野球界を牽引してきた王貞治さんですが、その陰には家族の暖かな支えがありました。恭子さんと娘さんたちの存在こそ、王さんにとって何よりの宝物だったのでしょう
王恭子は王貞治の妻で死因FAQ
まとめ:王恭子は王貞治の妻で死因?出身?馴れ初め?子供何人?
いかがでしょうか。
王貞治さんは、日中ハーフの両親の間に生まれ、国際色豊かな家庭環境で育ちました。
これは、多様性を受け入れる彼の寛容な姿勢に繋がっているのかもしれません。
最初の妻である恭子さんとの間には3人の娘をもうけ、野球界のスター選手として活躍する傍ら、温かい家庭を築いていました。
しかし、恭子さんが胃がんで亡くなった後、王さんは深い悲しみに暮れました。
その後、A子さんと再婚し、新たな人生を歩み始めました。 A子さんは、王さんが胃がんを患い闘病生活を送っていた時に献身的に支え、球界でも二人の仲は広く知られていました。 王さんの人生は、家族の支えと、困難を乗り越える強さに満ちています。
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