古田敦也はなぜ監督になれない?1次監督成績!ヤクルトとの確執?性格が不向き!現在・今はYoutube・解説

古田敦也
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古田敦也は現在!年俸推移!監督になれない?監督成績ヤクルトとの確執?性格が不向き!1次監督成績が悪くて辞めた?今

甲子園番組や解説でよく見る古田ですが現場に復帰はないのでしょうか?

色々と話題がありますが性格の問題ともいわれています。

解説を聞く限りですと個性はとても強いとの印象は受けますがどうなのでしょうか。

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古田敦也は現在!監督になれない?ヤクルトとの確執?性格!1次監督成績が悪くて辞めた?今

プロフィールは?

出身地 兵庫県川西市
生年月日 1965年8月6日(53歳)
身長 182 cm
体重 80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1989年 ドラフト2位
初出場 1990年4月11日
最終出場 2007年10月9日

選手歴
兵庫県立川西明峰高等学校
立命館大学
トヨタ自動車
ヤクルトスワローズ
東京ヤクルトスワローズ (1990 – 2007)

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現在・今は?引退後!Youtube!解説

現在今

監督、野球解説者、タレント、スポーツキャスターです。フルタの方程式【古田敦也 公式チャンネル】もしています。

兵庫県川西市出身。日本プロ野球名球会副理事長もしてます。

芸能プロダクションは株式会社エーポイント所属。マネジメントは株式会社ビッグベンと業務提携。

引退後!

2016年には「第11回 BFA U-18野球チャンピオンシップ」「第7回女子野球ワールドカップ」「第1回 U-23 野球ワールドカップ」の3大会のアンバサダーを稲村亜美とともに務める(BS-TBSの中継番組にも大会アンバサダーとして出演)します。

2019年4月からは静岡県焼津市内の複数企業による企業複合型の社会人野球クラブチーム・焼津マリーンズのアドバイザーに就任します。これはクラブ代表の戸﨑義人がトヨタ自動車時代のチームメイトだった縁によるものでありました。

2021年にはヤクルトの春季キャンプ第2クールからの臨時コーチを務めたのです。ヤクルトへの指導は14年ぶりとなり、ブルペン捕手として石川雅規と14年ぶりにバッテリーを組んだり、打撃投手として投げ込んだりなど、熱のこもった指導が多く取り上げられました。

同年、日本女子ソフトボールリーグ機構理事に就任

年俸推移・生涯年収

監督成績!

田敦也選手は監督も経験しました。もちろんヤクルトの監督です。
古田選手は、入団当時お世話になった野村克也監督以来となる選手兼任監督になりました。「若松」監督が2005年に退任することが決まり、古田監督は2006年に就任しました。

これですっかり目が肥えてしまったヤクルトファンは次の監督にも目玉を求めていた。それが野村克也氏がかつて行っていた選手兼任監督(プレイングマネージャー)としての古田敦也氏の就任である。ファンの熱い期待に応えて2005(平成17)年のオフに古田も快諾して実現することになった。
古田は球団とファンを近づけようと常に努力した。まず行ったのが「F-Project」である。Fanの皆様の「F」、楽しむFunの「F」、私、古田の「F」、神宮をFull にするぞ!という「F」である。この頃ヤクルトの観客動員数もかなり目減りしており、古田のFプロジェクトはかなり注目された。

このように球団改革に力を注いだ古田監督であったが、自身の怪我によりプレイングマネージャーとして試合に出場する機会は激減します。

折から日本人選手があまり育っていないこともあり、初年度は5割を超えないまでも3位になったが、就任2年目の2007(平成19)年は怪我人続出とは言え、なんと21年ぶりの最下位になってしまった。

年度リーグ戦日本シリーズ
順位勝率G差優勝2位勝敗相手
063位70733.490+18.0中日
076位60840.417+20.5巨人
通算1301573.453

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なぜ引退!監督をやめた

最下位になった責任を取ることで、古田監督は2007年限りで監督を引退しました

2007(平成19)年シーズン終了を持って古田の現役引退で監督専任という話もあったようです。

結局監督としても辞任となる。成績不振に関するフロントとの考え方の違いもあったかもしれなません。

この古田の対談に対してフロントに対する怒りが収まらない石井一久はFA権を行使して西武へ移籍します。

さらに、打点王のラミレスとこの年16勝を挙げたグライシンガーが金銭に目がくらんで巨人へ移籍。ヤクルトの内部崩壊が始まり再び暗黒時代へと進んでいった。

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次期ヤクルト監督にはならないの?ヤクルトとの確執!信頼関係

選手の人望

フロントの評判が最悪な上、選手からの信望も無いといわれています。
古田はフロントの言うことは聞かないし親会社の意向にもよく楯突きます。
偉そうに持論を展開するばかりで相手のことをまるで考えなく、球団としては非常に扱いにくい人物です。

ヤクルトとの確執

監督になってすぐ石井のポスティング問題で球団から不信感を抱かれています。
石井と球団は2005年オフにメジャー移籍容認ということで話がまとまっていましたが、古田が監督受諾の条件として現有戦力を流出させないことを挙げたため、石井に「今年の移籍は無理」と伝えました。

約束を反故される形になった石井は怒ってかなり揉め、球団が悪者にされる事態になりましたが、この状況を作り出した元になったはずの古田監督は球団のフォローをせず石井よりの発言をマスコミを通じて行いました。この時点で殆ど終わった関係です。

さらに古田監督は「球団名に東京を付ける」「東京を本拠地にするスポーツチームでネットワークを作る」など本業と関係ないことばかりにご執心で、これで何かしら結果が出ればいいものの全く出ない。

最初に出した条件から察するにおそらくリストラを敢行したい編成部とも上手くいっていなったとも思われ、結局球団内のどの部署とも上手く言っていなかったのではないでしょうか(全くの想像ですが広報や営業の方には積極的に口を挟んでいたのではないでしょうか。そんな気がします)。

最終的に最下位ですから、信頼関係が構築出来るわけもなかったと思います。
最初からずっと現場オンリーで動いていたら違う結果になったかも知れないですが、きっと古田の場合は何処で監督をしてもそうならずに球団と揉めるのではないかと思います。

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性格がわるくて不向き?

見た目は温厚な感じではありますが、やはりプロ野球解説を見ていてもわかりますが、性格はよくないと感じられます。

解説であんだけイライラしてるのはやばいな

監督としてアカンかったから

性格が向いてない

たかが解説であんなイライラしてるのが指導者なんてつとまると思うか 
やらせても何で出来んのや!ってキレそう

1回のミスなら優しく教えてくれるけど2回目からは舌打ちするから

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まとめ

選手兼監督だったこともあり、最初の監督は厳しかったでしょう。外で野球をみることもできましたし、もう一度チャンスをしてもらいたいですね。

本人は野村監督を相当意識していると思います。

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コメント

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