【パワハラ?】古田敦也と野村克也の仲は!ヤクルトはブラック企業だった?

こんにちは、ヨシラバーです。

古田と野村の師弟関係はとても有名ですが、古田にとっては苦痛であり、毎日ボヤかれディスられまくり、毎日のようにベンチで立たされて怒られ、決して褒められることもありません。

 もしも現代であればブラック企業であり、パワハラだったでしょう。

ノムさんは偉大ですが、すべてを受けきった古田の精神力も本当に凄い。

古田敦也のプロフィールは?

出身地 兵庫県川西市
生年月日 1965年8月6日(52歳)
身長 182 cm
体重 80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1989年 ドラフト2位
初出場 1990年4月11日
最終出場 2007年10月9日

野村克也のプロフィールは?

出身地 京都府竹野郡網野町
(現・京丹後市)
生年月日 1935年6月29日
身長
体重 175 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1954年
初出場 1954年6月17日
最終出場 1980年10月4日

野村克也は古田敦也のドラフト指名を拒否していた

ヤクルトの監督に就任したばかりの野村克也は当初「眼鏡をしているが、ホンマに大丈夫なんか?」と不安を隠せず、野村がドラフト会場で直前になって「古田(の指名)はやめよう。捕手はワシが育てる」とまで発言があったそうです。

 野村は、大学出に名捕手はいない(大学の間に変なクセがついてしまう傾向があるなど)、というのが本来の持論であったのです。

古田敦也は野村克也から今でいうパワハラを受けていた

「新人の頃、死ぬほど怒られた経験があるとか」

「毎日怒られてましたね。『ボケ! バカ! お前がいるから負けるんや!』。罵倒です、はっきり言って。本当に球場に行くのイヤでしたもん」

古田敦也は野村克也のパワハラをどう防いでいたのか?

「だから、基本的には、逆らわない。聞かれても、そうですねって。何を考えてるかっていうのを、それこそ忖度しなきゃいけない」

古田敦也はパワハラをどう対処したのか?

自分でコントロールできないことは考えない

「とりあえず言われたことには分からなくても『ハイ!』と答えていました」

 打たれてベンチに戻ったら監督からどやされ、ストレスばかりが溜まっていく。だが、野村監督は日本一の実績を残してきた捕手、新入りの自分が意見を言っても聞いてもらえるわけがない。そこで古田は現実を受け入れ「何も言わずに引き下がって耐える」方法に出る。完全なイエスマンになったそうです。

実績に差がある上司には反発しても意味がないし、ともに働く内に時間が解決することもある。

ルーティンを作らず、あえて鈍感に

古田はあえてルーティンを作らないようにしていたという。

自らのルールに縛られ、この枕や布団じゃなきゃ寝れないとか言い出したら、それがない時にストレスを感じてしまう。

 確かに移動の多いプロ野球選手は、いかに心身ともにタフでいられるかの勝負でもある。

 新幹線でも飛行機でも気にせず眠り、どこの土地でも好き嫌いなく食事をする。

鈍感力を重要視していたようですね。

パワハラでお悩みのあなたは古田敦也の「うまくいかないときの心理術」を読んでみたらどうでしょうか。

まとめ

結果として、古田は日本一に捕手になったのは野村克也の指導があっただからと思います。それでも野村克也が高校野球あがりの選手に同じようなアタリをしていたらくじけてしまっていたのではないでしょうか。