巨人のコーチ陣首脳陣候補予想!入れ替え?全権監督の意味?石井琢朗は退団?左遷?配置転換!フロント!阿部ヘッドコーチ!2022?

巨人
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巨人のコーチ陣首脳陣候補予想!入れ替え?全権監督の意味?石井琢朗は退団?左遷?配置転換!フロント!阿部ヘッドコーチ!2022?

原辰徳の個人ファンでもある私ですが、最近の原批判を見ると悲しくなってしまいます。しかしよく考えてみると原さんは前監督時代からアンチが多かった!

巨人のコーチ陣首脳陣候補予想!入れ替え?全権監督の意味?石井琢朗は退団?左遷?配置転換!フロント!阿部ヘッドコーチ!

80年代を象徴するバッター。爽やかな風貌で永遠の若大将と呼ばれていました。

原辰徳 はら・たつのり
投打 右投右打
身長/体重181cm/84kg
生年月日 1958年7月22日
経歴 東海大相模高 →東海大→ジャイアンツ
ドラフト 1980年ドラフト1位

全権監督とは?意味?原監督

巨人の原監督が有名ですよね。

GMの役割も兼任した監督のことです。 普通はチーム編成をGMが担当し、現場の指揮(采配)を監督がするのが一般的だが編成にも関わり選手の獲得など全ての権利を持つことです。

ナベツネさんは、もう高齢ですし、基本的にノータッチです。 事後報告を受けるだけでしょう。 原監督は全権監督と言われていますが、実際に最後の決定権を持っているのは大塚副代表なので、大塚副代表に「○○をコーチにしたいのですが」って感じで相談していると思いますよ。 そこで大塚副代表が予算などは決めるでしょう。

石井琢朗は巨人を退団?左遷

去就が注目されているのが、巨人・石井琢朗3軍コーチです。

広島で現役引退すると、指導者として丸佳浩(現巨人)、菊池涼介、鈴木誠也、田中広輔らの育成に携わりました。

 ヤクルトでも村上宗隆の指導に当たるなどその手腕に定評があり、20年から巨人の1軍野手総合コーチに就任。当時打撃不振で引退危機だった中島宏之と打撃フォーム改造に取り組み、復活を支えるなど選手たちの人望は厚かった。

「厳しさの中に愛情がある指導ですね。理路整然と説明するので選手も納得して取り組める。指導法の引き出しも多いですが、『合わなかったらやらなくていい』と決して強制することはない。石井コーチの能力で素質が開花した選手は数多いです」

コーチ陣次期候補予想!入れ替え?首脳陣・フロント!来季 2022

「借金1で3位に終わった巨人を再建しないといけないのに、契約が切れる原監督が責任を取らずに来季も続投するなら、せめてコーチの陣容は思い切って代えないと、来年も同じことの繰り返しになる。原監督には編成面の全権がある。今の巨人は監督の息がかかった“原派”といわれるコーチばかりで、一、二、三軍でかきまぜているだけの印象。監督が交代しないと、コーチ陣も現状維持になってしまいがち。先日、オーナーが『元木ヘッドコーチは留任』と言っていましたが、本来は外部から監督クラスの大物を招聘してヘッドコーチに据えるくらいのことをしないと、投打ともにボロボロになってしまったチームは、簡単には変わらないでしょう」

「独裁政権は監督にとってはやりやすい環境かもしれないが、間違いなくチームは衰退する。原監督主導のコーチ人事だと、どうしてもイエスマンばかりになってしまう。首脳陣のテコ入れにフロントも介入すべきだと思います」

金城コーチが三軍から一軍へ、吉村作戦担当はフロントへ が既にきまっています。今月5日には阿部二軍監督が一軍作戦コーチに「異動」している。

<ヘッドコーチ>
77 元木大介

47歳になります。曲者です。野球は天才です。

出身地 大阪府豊中市
生年月日 1971年12月30日(47歳)
身長 180 cm
体重 83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手、外野手
プロ入り 1990年 ドラフト1位
初出場 1992年4月8日
最終出場 2005年10月5日

<野手総合コーチ>
88 後藤孝志

出身地 愛知県一宮市
生年月日 1969年5月14日(49歳)
身長 185 cm
体重85 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 三塁手、一塁手、外野手
プロ入り 1987年 ドラフト2位
初出場 1991年4月7日
最終出場 2005年10月5日

地元が愛知県なので、子供向けファンクラブ「少年ドラゴンズ」の会員だったほどの大の中日ドラゴンズファンでした。

子供の頃からよくナゴヤ球場に観戦に行き、高校生の時巨人に入団した槙原寛己に「名古屋の裏切り者」と大声でヤジを飛ばしていたそうです。

89 石井琢朗

現役時代は横浜(現DeNA)、広島で活躍し、打撃ではプロ野球歴代11位となる通算2432安打を誇る安打製造機です。

守備でも三塁、遊撃を合わせて4度のゴールデン・グラブ賞を獲得するなど、守備の名手として名高い。

出身地 栃木県佐野市
生年月日 1970年8月25日(49歳)
身長  174 cm
体重 78 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 遊撃手、三塁手、二塁手、外野手、投手
プロ入り 1988年 ドラフト外
初出場 1989年4月13日
最終出場 2012年10月8日

小学校3年生の秋から野球を始め、クラス文集に「巨人にドラフト一位で入りたい。」と記すほどのジャイアンツファンです。

1988年に足利工業高校から大洋(現・DeNA)に投手として入団します。ドラフトで指名されておらず、ドラフト外での入団だったことでもよく知られている。

<投手チーフコーチ>
81 宮本和知

出身地 山口県下関市
生年月日 1964年2月13日
身長 178 cm
体重 77 kg
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1984年 ドラフト3位
初出場 1985年6月15日
最終出場 1997年9月28日
山口県立下関工業高等学校
川崎製鉄水島
読売ジャイアンツ (1985 – 1997)

<内野守備走塁コーチ>
86 古城茂幸

https://twitter.com/BBMeikanbot/status/1207253408857518081?s=20

出身地 千葉県柏市
生年月日 1976年1月12日(43歳)
身長
体重 174 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 内野手
プロ入り 1997年 ドラフト5位
初出場 1999年4月7日
最終出場 2013年8月6日

<バッテリーコーチ>
79 相川亮二

筋肉ヲタのイメージが強いですが、現役時代はイケメンキャッチャーで有名でした。現在は読売巨人軍のコーチ。

出身地 千葉県市川市
生年月日 1976年7月11日
身長体重 183 cm86 kg
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1994年 ドラフト5位
初出場 1999年8月21日
最終出場 2017年10月3日
経歴 東京学館高等学校→横浜ベイスターズ (1995 – 2008)→東京ヤクルトスワローズ (2009 – 2014)→読売ジャイアンツ (2015 – 2017)

<ブルペンコーチ>
98 村田善則

ジャイアンツ一筋でバッテリーコーチを歴任してきました。

出身地 長崎県佐世保市
生年月日 1974年4月24日(44歳)
身長体重 176 cm79 kg
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1992年 ドラフト5位
初出場 1995年10月3日
最終出場 2008年10月11日
経歴 佐世保実業高等学校→読売ジャイアンツ (1993 – 2008)
コーチ歴 読売ジャイアンツ→野球日本代表 (2017 – )

hi/

原辰徳監督が嫌い?独裁政権

アンチ4人衆(大衆)

参考程度のデータですが、日刊大衆の独自調査によると、鹿取義隆(ソリが合わない)、中畑清(監督になれない)、川相昌弘(方針が合わない)、清原和博(元木を取られた?)がアンチ4人衆の筆頭とのこと。清原以外は納得しますが…

長嶋監督と比較してしまう

「長嶋野球を継承する」と就任当時に語り83番を背番号につけていましたが、見る人によってはまったく継承しておらずガラリと作り替えました。FAで移籍してきた大砲ばかりの長嶋野球と正反対。

清水隆行を1番
斉藤宜之を5番
河原純一抑えに抜擢

新陳代謝が好き

原監督は「新陳代謝」という言葉が好きで、前回の退任会見でこのような発言をしていました。

ここ3年ほどチーム力が低下し、成績も落ちてきていた。この辺が潮時であり、チームにとっても新陳代謝をし、新しい指導者、リーダーに託すのが正しい選択であろうという気持ちで、こういう結果になった」

篠田麻里子は「席を譲らないと上に上がれない後輩はAKBではかてない」とスピーチで発言していましたが、原監督は若手のために席を空けます。これが席を取られた選手のファンが非情と言っています。

非情発言=パワハラとまで

昔このような非情発言をしていました。村田ヘッドより厳しい。

長野「彼に合う打順がない」
フランシスコ「ノルマは20試合で3打点だな」
村田「今日はもう自宅に帰っていい」
坂本「年々、野球が下手になっている」
内海「今のままではニセ侍だ」「論ずるに値しない」

アンチ原=アンチ巨人

これは私の仮説ですが、アンチ巨人の方が原の「補強」「功労者のプロテクト外」と叩く良いネタができたとばかりに叩いているのではないでしょうか。

このコラムも原辰徳アンチっぽい。

「紳士」「善玉」「実際には羊の皮を被った狼に過ぎない」「やっていることはえげつない悪役的な球団だ」

前監督の由伸は優しすぎました。中井や立岡を篠原らの事件後も2軍の試合に出場していましたし、非情だと言われた村田修一の戦力外にしたのも鹿取GMでした。

ほとんどのジャイアンツファンの方たちも、ソフトバンクホークスの強さを認めているので日本一を勝ち取れなくても、日本シリーズ出場まで導いた原監督には好印象だったと思います。

しかし、負け方が想像以上に悪かったのかもしれません。

ただ、あんな負け方をしてしまったジャイアンツではありますが、ファンの方たちよりも何万倍も勝ちたかったのはジャイアンツの選手ですから、少しだけ寛大な心が来季のジャイアンツの原動力になるはずです。

まとめ

私も巨人ファンと原辰徳の個人ファンの兼任ですが、このような批判に負けず応援し続けます!原監督にも引き続き飄々として頂きたい。

コメント

  1. Oじろう より:

    原さん本人は嫌いではないです、物心ついた時から応援してる身としては批判するとアンチと言われるのはどうかと思います。
    巨人の体質的に変わらないんでしょうが毎年毎年FAで乱獲してどうするのか?
    強い球団はソフトバンク、西武、広島のチームがFAで乱獲しますか?しなくても上手に選手を育てベテランでも適材適所に置き意気に感じて頑張るのがチームワークではないですね?原さんはあまりにも選手をバラバラにしすぎと感じます。

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