藤川球児のなぜ火の玉ストレートの由来!カブレラや清原和博とオールスターの真相因縁コメント

藤川球児のなぜ火の玉ストレートの由来!カブレラや清原和博とオールスターの真相因縁コメント藤川球児
藤川球児のなぜ火の玉ストレートの由来!カブレラや清原和博とオールスターの真相因縁コメント
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藤川 球児(ふじかわ きゅうじ、1980年7月21日 – )は、高知県高知市出身の元プロ野球選手(投手、右投左打)、YouTuber。血液型O型です。

 2021年より阪神タイガースの「Special Assistant(SA、特別補佐)」を務めます。マネジメント会社はエイベックス・マネジメントを務めています。

ヨシラバー
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藤川と言えばオールスターでのカブレラとの直球勝負が印象深い、カブレラ相手の全球ストレート勝負は当時見てて痺れたなあ、清原和博との戦いがなんともいえぬなどオールスターで実力をあげていった選手だと思います。そのオールスターでの名場面をふりかえってみましょう。

7月21日のオールスターゲーム第1戦では登板前に「野球漫画のような世界を創りたい」と話していたのでしょう。

今回の記事では「藤川球児の火の玉ストレートの由来!カブレラや清原和博とのオールスターの真相因縁コメント」についてお伝えします。

藤川球児は引退後にYoutubeで引退後に現役時代の話をすることがとても多いですね。特にカブレラや清原和博とのオールスターなのに本気での勝負は声が多いです。

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カブレラVS藤川球児(オールスター2006年)!コメントも紹介

 2006年7月21日、神宮球場で行われたオールスター第1戦です。

 初選出となった前年に続き2年連続で選出された当時26歳の藤川は、「3-1」とセ・リーグ2点リードの9回表に登板しました。

そこで先頭打者にいきなり当時のシーズン本塁打日本記録(55本)保持者である西武・カブレラを迎えたのです。

藤川は打席に入ったカブレラに対しストレートの握りを見せ、全球ストレートで勝負すると宣戦布告をしたのです。

 これを受けたカブレラは最初けげんな表情を浮かべていたが、直後に藤川が捕手のミットを真っすぐ指さすジェスチャーをすると意図を理解しニヤリとします。

「よし来い!」と言わんばかりに上体を大きくそらしバットを構えました。

その名シーンが下記の動画にあります。

ヨシラバー
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藤川はこの他にも数々の強打者と名勝負を演じています。

その中でもカブレラとの対戦が真っ先に挙げられるのは力と力のぶつかり合いという構図が印象深かったからでしょう。オールスターの名シーンには選ばれています。

カブレラVS清原和博!オールスター2006!火の玉ストレートの由来

まずは、2005年4月21日の巨人―阪神戦でのはなしです。

 2対10という劣勢の中、通算500本塁打がかかった巨人清原が7回裏2死満塁で藤川さんと勝負しました。

 3ボール1ストライクから、藤川さんが投げた2球連続のフォークボールで空振り三振を喫し、試合後に暴言で怒りました。すると、当時の阪神岡田彰布監督も応酬するような事件がありました。

2016年に7月23日の第2戦では、同年からオリックス・バファローズに移籍した清原と再び対決しました。

全て直球で空振り三振に取り、清原は「参った、火の玉や」とコメントしています。

清原の言葉が「火の玉ストレート」の由来となり、藤川さんの代名詞になった。

ヨシラバー
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藤川球児は、野球人生を語る上で清原さんは欠かせない存在だったとコメントしています。

藤川球児は以下のようにコメントをしています。

「清原さんに『火の玉ストレート』と言われたおかげで、最後まで自分の姿を変える必要なく、変化球でもっといけるだろうと思いたい自分を、火の玉と言われることで、そこでずっと踏みとどまれた。最後は(その言葉が)お守りのようについていましたね」。名付けの親への感謝とともに「お互いに本気でぶつかった。打席に立ったとき、清原さん以上のオーラが出ているバッターに出会わないまま(現役が)終わりました」と敬意を込めた。清原さんも「そう言ってくれるとうれしいですね」

藤川球児の引退試合でのコメントは

 藤川投手の引退試合です。

 清原さんはVTRメッセージでこの騒動にふれ「藤川投手は何も悪くありません。サインを出したのは(当時の捕手だった)矢野監督です」と語ってファンを爆笑させていた。

 藤川さんは今回もあらためて「自分はサイン通り投げているだけ。フォークをストライクゾーンに狙ったんです」と説明した上で「でも、当時怖かったですから、ジャイアンツの打線は。(フォークを投げたのは)サインです!」と“正統性”を訴えていました。

まとめ

オールスターが楽しかったですね。当時は侍ジャパンなどなく他球団の選手とは仲良くするなとの指示もあったときがあります。その分真剣勝負がみれました。ただ、今となってYoutubeでその当時の話を聞けるのはとても楽しいです。

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