梅津晃大のドラフト?仙台育英高校時代や東洋大学時代の成績や評価は?郡司との関係

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梅津晃大のドラフト?仙台育英高校時代や東洋大学時代の成績は?梅津郡司

梅津は中日でも梅津 郡司とバッテリーです。東洋大の“三羽烏”として注目を集めていました。

ドラフトでは最速は150km/h超え、恵まれた体格から将来性を非常に感じさせてくれる逸材でした。

仙台育英高校時代では中日のバッテリー梅津郡司とチームメイトでした。

 

小学2年生から南小泉メッツで軟式野球を始めました。

梅津晃大のドラフト?仙台育英高校時代や東洋大学時代の成績は?梅津郡司

中学は地元を離れ、私立秀光中学校へ進み軟式野球部に入部し、2、3年時は全国大会に出場しています。(秀光中学は仙台育英高校の付属中学です。)

氏名:梅津 晃大(うめつ こうだい)
身長:187㎝
体重:92㎏
生年月日:1996年10月24日
出身地:福島県福島市
投打:右投右打
ポジション:投手
学歴:南大泉小学校(南小泉メッツ)→ 私立秀光中学校 → 仙台育英高校 → 東洋大学

東洋大の“三羽烏”として、上茶谷大河(DeNA1位)、甲斐野央(ソフトバンク1位)と共に注目を集めていました。最速は150km/h超え、恵まれた体格から将来性を非常に感じさせてくれる逸材でした。

ドラフトの評価は?

スカウト評価は

東都大学野球では12球団が東洋大戦を視察したが、楽天は仙台育英出身で地元選手じゃなくても投手として評価していると絶賛していました。

また、中日ドラゴンズも競合必至、完成していないのが一番の魅力、大谷になれる可能性がある、今年No1かもしれない、体と柔らかさ、角度、すべて備わっていると評価が高いかったです。

DeNAや、広島カープロッテも梅津投手について評価が高く、巨人も上位候補と評価しており、ドラフト上位で消えるのは間違いないとスカウトたちはコメントしていました。

きっかけは2017年秋の東都大学野球野球秋季リーグ戦日大戦では公式戦でも初球から151km/hを記録、プロ野球球団スカウトからの注目を集ました。

梅津自身は下記のようにコメントしていました。

まだまだ今の実力ではストレートで押し通せるピッチャーではないと思うので、これからストレートで押していける投手になることが今の目標です

11月9日に中日球団と契約金8,000万円・年俸1,200万円で仮契約しています。背番号は28です。

スタートこそ出遅れました。1月10日に「右肩インピンジメント症候群」と診断されました。春季キャンプは別メニュー調整となりリハビリに励びました。

8月に1軍に昇格し、ルーキーイヤーは6試合に登板して4勝1敗、防御率2.34という数字でした。 球団としては32年ぶりとなる新人の初登板初先発からの3連勝を目指し、3日の巨人戦(新潟)に登板しています。

仙台育英高校時代!梅津 郡司

高校時代は仙台育英で腕を磨き2年生の時の選抜でベンチ入りするも登板機会はなしでした。

甲子園で登板機会なし

夏の甲子園ではベンチ入りすることが出来ず、自身が最上級生に上がってからはエースとしてチームを牽引してきたが甲子園に出場することはできなかった。

梅津投手は、高2年春から背番号11で控え投手となり、2年春に行われたセンバツ大会にもベンチ入りです。

1年秋から3年春まで登板がありませんが、3年秋で初めて1部の試合にリリーフで登板し、ここで結果を残します。

初勝利

高校3年の6月に左手首に死球を受け、骨折するアクシデントに見舞われましたが、1ヶ月で復活しました。3年夏の宮城県大会は、エースとして力投を続けます。

4回戦で東北学院に延長13回3対4で敗れてしまい、仙台育英としては12年ぶりに県ベスト8を逃すという結果になりました。最後の秋に初勝利を国学院大相手に掴むことができました。

中日でも梅津 郡司とバッテリー

僕は1年間、1軍にいたい。そして勝利の瞬間、梅津さんとグータッチをしたいと話しています。

梅「(キャンプ初日の)アップがやばかった。隣の列に郡司が居る・・・。プロ野球ですよ! 中日の沖縄キャンプで隣に郡司?みたいな。『また一緒に野球ができるんだ』と感慨深かった。『梅津さんってたいしたことない』って思われないように頑張ります

 郡「梅津さんが高校のときに球を受けて『将来この人絶対やばい人になる』って確信していました。本当に優しくていい先輩です」

【中日】仙台育英高バッテリー「梅津×郡司」フレッシュ対談

同期のメンバーが凄い

仙台育英では、梅津投手の1学年上には、上林誠知選手(福岡ソフトバンクホークス)、熊谷敬宥選手(阪神タイガース)、馬場皐輔投手(阪神タイガース)がいます。
1学年下には、平沢大河選手(千葉ロッテマリーンズ)、佐藤世那投手(オリックス・バファローズ)がいました。

東洋大学での成績は?

梅津東洋大学

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高校卒業後「監督も選手も凄い人が揃っている強い学校でやりたい」と決意し当時東都大学2部リーグだった東洋大学(経営学部会計ファイナンス)へ進学しました。

高校3年生の夏大会後早くから大学野球に付いていけるよう練習に励んでいた梅津は、入学前の練習会(セレクション)のブルペン投球で実力を示していきました。

東洋大進学後は1年春から2部ベンチ入りします。

しかし1年夏のリーグ交流戦に登板した時からコントロールが突如乱れ、ゴロの送球も失敗する様になり、2年生までキャッチボールもままならないほどのイップス状態に陥いりました。

2年生のときに就任したコーチの玉井信博の指導の下近距離のスナップスローを繰り返すなどリハビリに努めました。

また一日二百球の投げ込みを行いフォームの改善を図りました。

体重増加

大谷翔平が出演するYouTubeの動画を参考に肉体改造に励んだ結果、体重は入学時から18kg 増え、95kg に達しました。

そして、80キロ弱だった体重を95キロに増やし、3年8月の法大戦で最速153キロを計測、3年秋のリーグ戦4試合に先発救援で登板し、全戦で150キロ以上(最速152キロ)をマークした。

調子を取り戻す

3年生になって梅津は調子を取り戻しつつありました。

2017年夏に行われた平成29年度大学野球サマーリーグ・東洋大-法政大戦(8月10日/長岡悠久山公園球場)で先発し、この試合で自身最速となる153km/hを記録します。

2017年秋の東都大学野球野球秋季リーグ戦日大戦では公式戦でも初球から151km/hを記録、プロ野球球団スカウトからの注目を集ました。

同じく新入生だった上茶谷大河や甲斐野央からライバルと目されるような目立つ存在となっていきました。

成績は下記のとおりです。

15年春:2試合、0勝0敗、4回、防御率4.50

15年秋~17年春:登板なし

17年秋:4試合、0勝1敗、防御率2.70(10回、奪三振11、四死球4)

18年春:1試合、0勝1敗、防御率0.00(7回0失点、7奪三振、2四球)

まとめ

怪我が多いですが、立ち上がると中日のエース候補になる存在ですね。

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