桜井和寿と小林武史の仲は?離れたが今では良い関係のようだ!

こんにちは、ヨシラバーです。

ミスチルといえば、20代~40代まで幅広い支持層でファンがおり、それもトップを維持しています。

最初に売れ始めたのが1994年ごろだったと思いますから、26年近く音楽業界のトップで有り続けています。

まさに国民的バンドといわれるはずですね。

そんなミスチルは最初から売れていたわけではありません。売れた理由は何なのでしょうか。

桜井和寿と小林武史の仲は?離れたが今では良い関係のようだ!

ミスチルは小林武にダメ出しをされ成長する

1991年に運命的な出会いを果たした。

ミュージシャン的な意味での分岐点と言ってもいいレベルのものであり、ミスチルを育てた親とも言える存在で、のちに90年代の黄金期における音楽シーンで数々のヒット作を生み出したことでも知られるようになる『小林武史』さんとの出会いがあります。

これによりミスチル、並びに小林さんにとっても、双方の歴史が黎明となる瞬間を迎えます

小林武はミスチルに強い期待をもっていたのでしょう。出会った頃は非常に厳しい言葉を書けます。

デビュー当時、甘ったるい歌詞ばっかり書いてた桜井に対し小林武史が「優しいだけの男なんて誰も求めてねぇよ」と言い放ったのは有名な話だ。

Mr.Childrenが最初に売れてシングルはCrossRoad

日本テレビ系ドラマ『同窓会』主題歌のクロスロードです。

 桜井がドラマの第一話分の台本のみを読んで曲を作り、曲完成後に「100万枚売れる曲ができた!」と発言したエピソードがあります。

ドラマの主題歌として「Cross road」が出て、世間に出始め、アクエリアスのCMが曲と絶妙にマッチした「イノセントワールド」で広く世間の認知度を高めた感じだと思います。

そして、木村拓也や萩原聖人、武田真治、大沢たかおが出演で当時の中高生に人気があったドラマ【若者のすべて】でtomorrow never knowsですでに音楽業界のトップにたったイメージですね。

桜井和寿と小林武は低迷期に仲は暗黒になる!

ミスチルは過去に「DISCOVERY」、「Q」という2つのアルバムを出しているのだが、これらに関して、桜井和寿氏自身は“小林にプロデュースされるのが嫌だった”時期だったと後に何度も語り、小林武史氏がともかなり距離を置いた作品と繰り返し述べています。

そして、桜井は小林に対して、『あなたはビジネスマンじゃない、ミュージシャンなんだ。早く目を覚ましてほしいとまで話をしています。

桜井和寿は小林武史と離れたが今では良い関係のようだ!

小林武ぬきのミスチルの「足音 ~Be Strong」は、オリコンの週間ランキングで、ジャニーズのSexy Zoneの前に敗れ去ることになります。

週間ランキングで初登場1位を逃したのは、実に1993年の「cross road」以来です。

 ミスチル現象の始まりとなった、1994年の「innocent world」から20年ほど続けてきた記録は、初のセルフプロデュースとなる今回のシングルで途切れるという結果になってしまった。

しかし実際の所、不仲ゆえの独立ではなないと当事者が語っていたりもします。

桜井和寿はMUSICA2015年1月号のインタビューで独立については小林武史との不仲ゆえではなく、Mr.Children自身でセルフプロデュースをしていきたいという心境を話しています。

その理由は安定した状態を続けていくことに不安があったとのことです。

まとめ

若い頃に多くの富をえた桜井さんですので、昔に比べて挑戦することはすくなくなりました。それでもミスチルはつねに秩序のないヒットチャートにドロップキックをしてほしいですね。

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