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野村祐輔と吉川光夫と広陵高校のエース!小林誠司の相棒は同学年だったらどちらだった?

小林誠司の広陵バッテリーといえば、吉川光夫と野村祐輔がいます。それぞれの成績はどうだったのでしょうか。年齢の差は一つです。同じ学年だったらどちらがエースだったのでしょうか。

野村祐輔と吉川光夫のプロフィールは?

野村祐輔のプロフィールは?

小林誠司と同じ歳で、広陵高校時代は準優勝(優勝校は佐賀北)。あの伝説の試合でバッテリーを勤めていました。愛称はノムスケ。

名前 野村祐輔(のむらゆうすけ)
出身地 岡山県倉敷市

生年月日 1989年6月24日
身長 177 cm
体重 84 kg
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
経歴 広陵高校→明治大学→広島カープ

吉川光夫とは?

MVPを取ったこともある実力者。石川慎吾とともにジャイアンツ入り。

出身地 福岡県福岡市東区
生年月日 1988年4月6日
身長体重 178 cm 76 kg
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 高校生ドラフト1巡目
年俸 7,500万円(2019年)
経歴 広陵高校→日本ハム(トレード)→巨人

広陵高校で吉川光夫と野村 祐輔は学年が一年差

吉川と野村は一緒の学年だったらどうなっていたのでしょうか。

2007年
吉川 光夫(日ハム→巨人)
2008年
・土生 翔平(広島)
・野村 祐輔(広島)
小林 誠司(巨人)

野村と吉川光夫の甲子園での違い!エースはどちら?

吉川光夫は甲子園出場の経験がない

吉川光夫は、甲子園出場経験はなく、3年生での全国高等学校野球選手権広島大会では、一学年下の野村祐輔、小林誠司らを擁して優勝候補に挙げられたが、準決勝で制球を乱し井上晴哉らのいた崇徳高等学校に敗れていました。

甲子園に2度出場し、3年の夏には決勝にまで進出した野村に対して、差がありますね。

コントロールが悪かった

何がちがったのでしょうか。

「ベース上のボールが一番速かったのが吉川。ハマった時は手がつけられなかった。スピードが150km/hは出ていましたし、三振も1試合で20個くらいはとっていました。

「野村はさして速いボールがあるわけではない。しかし彼は勝てるんです。誰よりも自分のことを知っている。10の力で投げたら、今よりも速いボールが投げられるでしょう。でも彼はコントロールを重視して7か8の力で投げる。高校時代から相手に打つ気がないと判断したら緩いカーブを平気で真ん中に放っていました

野村と吉川の差は、やはりノーコンであったそうです。最後の夏も制球難で自滅だったそうです。

そういえば、巨人で抑えを任されたときもストライクが入らず、原監督が怒っていたのを思い出します。

野村がエースになっていたでしょうね。

高卒1年目、そのデビューは鮮烈だった。だが「未来のエース」と期待された左腕は、その後の4年間で、ジリジリと崖っぷちへと追い込まれていく。ノーコン投手を救ったもの、それは言葉の力だった

まとめ

実力があっても勝てるピッチャーが重要視されます。野球選手は吉川でしたが、甲子園に行けた野村は野球脳もあり、同じ学年でもエースになっていたでしょうね。

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