【西武】辻発彦の現役時代は?有能で名監督や名将に!

こんにちは、ヨシラバーです。

辻 発彦就任一年目から低迷していた西武ライオンズを2位となり、2018年は10年ぶりのシーズン優勝を成し遂げた名監督であります。

コーチとしての実績は輝かしい性格をのこしており、監督になるのが遅かったくらいですね。

辻 発彦のプロフィールは?

出身地 佐賀県小城市
生年月日 1958年10月24日
身長  182 cm
体重78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手
プロ入り 1983年 ドラフト2位
初出場 1984年4月3日
最終出場 1999年10月14日

西武ライオンズでの辻 発彦の現役時代の成績は?

入団直後の1984年の辻は新人ながら41試合に出場し、その内29試合は三塁手、4試合は二塁手だった。

オフに二塁手のレギュラーだった山崎裕之が引退し、遊撃手には石毛宏典、一塁手にはスティーブ・オンティベロス(三塁手兼任)や片平晋作、三塁手には秋山幸二がいたため、チーム方針で辻も二塁手を目指すことになりました。

プロ2年目の1985年には出場した110試合中90試合で二塁手を務めました。

1986年は二塁手として全試合に出場し、初めてゴールデングラブ賞とベストナインに選出されます。

1987年、3月31日の阪神とのオープン戦で中田良弘のシュートを踏み込んで打ちに行って投球が当たり、右手人差し指を開放骨折し、飛び出た骨が見えるほどの重症で、一軍登録されたのは7月30日だった。この年は51試合の出場に終わっている

1988年は前任の石毛に代わって西武の選手会長に任命され、この年から7年連続して二塁手でゴールデングラブ賞を受賞し、1990年まで3年間連続で全試合出場を果たした。

1989年には初の3割を達成する。

1993年は腰痛で出遅れたチームも4月は低調だったが、上半身の力を抜き下半身でタイミングを取るような打撃フォームにした事もあり、初の打撃タイトルとなる首位打者を獲得しています。

辻 発彦の指導者としての活躍は輝かしい

2000~01年にヤクルトのコーチ、02~04年は横浜(現DeNA)コーチ、07~09年が中日2軍監督、10~11年と14~16年には中日コーチとなっています。

所属球団も多彩であり、古巣西武から名門復活を期待され昨年監督就任しました。

昨年は、4年ぶりにAクラス入り(2位)してクライマックスシリーズ(CS)出場へ導いているのです。

専任コーチ経験なしで就任し悪戦苦闘している巨人・高橋由伸、阪神・金本知憲両監督とは対照的ですね。

まとめ

西武も広島のように黄金期をつくることができるでしょうか。