新庄剛志の現在は?仕事や 収入や伝説などを紹介!

こんにちは、ヨシラバーです。

日本人として初めて野手でメジャーリーグに挑戦し、帰国後は日本ハムでチームを44年ぶりの優勝に導いた男・新庄剛志のトピックです。

新庄剛志のプロフィールは?

出身地 福岡県福岡市南区
生年月日 1972年1月28日
身長  181 cm
体重 76 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手(主に中堅手)、内野手[注 1]
プロ入り 1989年 ドラフト5位

新庄剛志の会社設立していた

2008年1月28日、新庄剛志が株式会社レハサフを設立して取締役に就任しました。

業務内容はアスリート・アーティスト等のマネジメントや、コスメティック・アパレルグッズの企画・販売などです。

自身の公式サイトを自社のものと共同として、名称「CLUB SHINJO」から「LHSF_COLONY」へ変更した

2013年に自社を閉鎖するが、以降も個人の公式サイトとして存続しています。

また森本稀哲とマネジメント契約を結んでいた期間もあります。

新庄剛志はインドネシア・バリに移住

メディア出演がなくなり、この頃よりインドネシア・バリ島へ移住しています。

当地への移住を決めるきっかけはCM撮影での訪島であったとのことです。

新庄剛志のエアブラシアートは?絵画制作

現役引退後よりエアブラシアートに取り組み、特に絵画制作には没頭していましたが、現在は行っていないようです。

作品数は2008年12月時点で30作を超え、数作品を公式ブログにて公開中で、個展の開催経験もと作品の売却収入もあり、代々の自宅にはアトリエを設置しているます。

絵画制作を始めたきっかけは、2008年11月23日放送の日本テレビ『行列のできる法律相談所 ~有名人100枚の絵でつなぐ カンボジア学校建設プロジェクト~』のチャリティーオークションへの出品作品を描いたことらしいです。

新庄剛志の今の野望は?

新庄はテレビの企画をやりたいとのことです。

「最近は同じような人ばっかりテレビに出てるじゃない。今は逆に、昔ビートたけしさんたちがやっていたような、無茶苦茶なものを持ってきてもいいんじゃないかなと思っているの。
そういう勇気あるプロデューサーも、そろそろ出てきてもいいと思うのよ。『クビ覚悟で一発やってみ』『当たるかもしれない』って、そういう気持ちで俺はメジャーに挑戦したから、一緒じゃない? 俺はアメリカ行ってなかったら、50億稼げてなかったからね。そういう勇気を今のプロデューサーにも持ってもらいたい」

新庄剛志は44億円も稼いだ新庄剛志さんの貯金残高が2200万円!

お金の管理は母に紹介された知人のAさんに任せていた。Aさんの仕事は会社経営者です。

FA権を取得し、ニューヨークメッツへ移籍します。
家族にも相談せず、知人のAさんのすすめで、メジャー行きを決断します。

しかし、メジャー挑戦がおもったより成功したことで、CMの仕事が次々と決まり、1年で7億円ほどのCM収入はあった。お金の管理はAさんが行っており、メジャー移籍以降の6年間で44億円を稼いだそうです。

球界を引退してバリに移住する前に、今まで預けたお金を知人Aさんに返してもらうと、残金はなぜか2200万円。
Aさんは22億円を会社の資金に使い込んでいた。その後にAさんは破産したそうです。裁判で争ったが、新庄さんに戻ってきたお金は8000万円のみだったそうです。

新庄剛志が本を出版『わいたこら。 – 人生を超ポジティブに生きる僕の方法』

新庄の人生を本にしています。

本の内容紹介

「わいたこら。」

その事実を知ったとき、とっさに僕の口から出た言葉だ。
標準語でいえば「なんじゃこりゃ?」。
僕は、信用していた人にお金を使い込まれていた。
100万円とか200万円のレベルじゃない。
20億円だ――。

まとめ

野村克也に新庄は野球選手ではなく、芸能人だといわれていました。それだけ、ぶっとんだ性格だったのですが、テレビにでなくなって10年以上ですが、また新しいことやって楽しませてほしいですよね。