【巨人】背番号18はエースナンバー!歴代メンバー桑田真澄は?杉内の決意など!

こんにちは、yoshiloverです。

巨人にとって背番号18とは絶対的エースが背負う背番号となっています。藤田元司氏、堀内恒夫氏、桑田真澄氏という好投手が18番をつけていたことから、徐々に「18番=エース」となっていったといわれています。

他球団でも、桑田に憧れた投手も多く、松坂大輔が西武に入団するときも「18」をつけ、入団会見では桑田への憧れを口にしている。その後、前田健太や田中将大、斎藤佑樹などが「18」を付けている。

巨人背番号18の重さ!現在は杉内がつけているが評判がよくない

野村克也氏は巨人の背番号18を下記のように話してます。

「巨人というのは長年の付き合いがあるんだけど、背番号を凄く大事にしていたチームだと思うんですよ。ケチを付ける訳じゃないんだけど、杉内がソフトバンクからFAで(巨人に)きましたよね。18番をつけたじゃないですか。18番っていうのは我々の頃からエースナンバーだった。特に巨人が全てのプロ野球の影響力を持ってますから。18番っていったらエースってなった。それがいきなり杉内に18番やったのは何なんだろう」

桑田真澄氏は?

「本心からすると、やはり僕は高卒の右ピッチャーにっていう想いがありましたけど。でも、僕が引退してから、育てきれなかったといいますか、育たなかったといいますかね。でも、杉内君に決まりましたので、ジャイアンツの18番というのは球界のエースだと思いますので、成績もそうなんですが、言動も18番に相応しい選手になってもらいたい」

杉内の背番号18に対する思い

現役を続けているのは巨人の背番号18を背負ったからなのかもしれません。

「偉大な先輩方がつけていますからね。巨人の18番というのは簡単にポンポン替えられる数字じゃない。だから簡単に諦めるわけにいかない。なんとか18番の生きざまを見せたいですね」

桑田真澄の背番号18に対する思い

18への熱い想いが伝わってきますね。

「僕がハタチ、21歳と一番厳しかったころ、藤田さんに『18番はそんなに甘いもんじゃないんだぞ。球界のエースナンバーだし、強くないと、18をつける資格がない』と言われたこと。」

背番号18を背負った男たち

中尾碩志

939年から、途中戦争でチームを離れるものの、1957年までの16年の現役生活で209勝を挙げ、後に野球殿堂にも選ばれる大投手だった。
三振を奪える剛球を武器にノーヒットノーランも2回達成している。

藤田元司

1957年に入団した藤田元司選手は、17勝を挙げて新人王に輝く。その活躍が認められ、中尾碩志選手がつけていた読売ジャイアンツのエースナンバーである18番を背負う。 18番を背負って挑んだ2年目は29勝、3年目には27勝を挙げ、2年連続でMVPに輝く。

堀内恒夫

1年目から開幕13連勝を達成し、新人王はもちろん沢村賞、最優秀防御率、最高勝率のタイトルを獲得する。 その活躍もあり、読売ジャイアンツのエースナンバーである18番を2年目から背負うことになる。

桑田真澄

1年目は15試合に登板して2勝1敗と、高卒ルーキーとしてはまずまずのスタートを切った。2年目になると頭角を現し、6年連続2ケタ勝利をマークする。
1995年に肘を故障し、1年のリハビリを経てマウンドに戻ってきた際、マウンド上でプレートに右肘をつけた名シーンは、以降も肘のケガから復帰した投手の定番となりました。

杉内俊哉

福岡ソフトバンクホークスから、FAで入団する際には前任の桑田真澄選手に相談の上で着用することを決意する。
読売ジャイアンツに移籍後の4年間で、ケガがありながらも39勝を挙げ、まずまずの成績を残す。

まとめ

私も巨人の背番号18に対しては特別なイメージを持っています。杉内がつけたときには勇気ある行動だと思いました。勿論批判をする人は沢山いましたが、批判だけは簡単です。

それほどの覚悟がないとつけられないものです、巨人ではまだ納得のいく結果をのこしていないかもしれませんが、今後の期待をしたいと思います。

また、これからも巨人の背番号18に憧れるような子供たちを増やしてほしいと思いますね。