【巨人】長野 久義が全盛期に比べて不調の原因は?復活は?

こんにちは、管理人のよしです。

念願のジャイアンツにドラフトに指名され、入団2年目では首位打者をとり、日本代表でも文句なく選ばれる選手でしたが、昨今では輝かしい成績を残せておりません。

何がそうさせてしまったのでしょうか。

長野 久義のプロフィール

長野のプロフィールです。

国籍 日本
出身地佐賀県三養基郡基山町
生年月日1984年12月6日(33歳)
投球・打席右投右打
ポジション外野手
プロ入り2009年 ドラフト1位 (二回指名拒否)
初出場2010年3月26日
年俸1億9,000万円(2018年)[1]
  • 筑陽学園高等学校
  • 日本大学
  • Honda
  • 読売ジャイアンツ (2010 – )

日本大学時代

日本大学生産工学部マネジメント工学科へ進学します。理系なんですね!!

2年次までは三塁手だったが、打撃力を生かすため、3年次となる2005年の東都大学野球春季1部リーグ戦から中堅手に転向。また、長野は外のスライダーを振ってしまう癖があったため、野球部の後輩にアドバイスを受けて、あえてホームベースから離れることになる。

4年次となった2006年に急成長し、春季は12試合出場、打率.48947打数23安打)、主将を務めた秋季は13試合出場、打率.40452打数21安打)で2季連続首位打者となります。

本田技研工業

主に3番・右翼手としてチームのベスト4入りに貢献し、同大会で新人賞。また4月の第55回では準決勝で先制本塁打を放つ活躍が認められ、大会最優秀選手に選出されました。

ドラフト会議で巨人以外ならプロにいかない

北海道日本ハムファイターズ

大学卒業、日ハムで4巡目指名されました。

千葉ロッテマリーンズ

巨人以外でも入団するとの情報を得ていた千葉ロッテマリーンズが2巡目で“強行”指名。当日のボビー・バレンタインとの面会を拒否し、11月25日の入団交渉後、12月3日に入団拒否を明らかにした。

念願の巨人からドラフト指名される

巨人は長野にドラフト1位指名する方針を公表した。チームを13年ぶりの優勝に導いた。10月29日のドラフト会議では巨人から確約通り単独1位で指名を受けた。ドラフト指名を2回拒否して3回目の指名を受けたのは、巨人の先輩に当たる岡本光(1982年に3回目の指名)以来となった。直後、原辰徳と対面し二岡智宏の移籍で空き番となっていた背番号「7のユニフォームを手渡されました。

長野 久義が不調の原因

右膝関節の怪我

2014年8月21日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮)で打球を捕球した際に右ひざの関節を挫傷します。

後に半月板損傷の重傷であることが判明し、患部の修復手術に併せて兼ねてから違和感を覚えていた右ひじのクリーニング手術も受けました。

これが原因で、ひざに関してはどうやらしっくり来ない日々が未だ続いているようなのです。

動体視力の検査

15年6月に当時の原辰徳監督が打席でことごとくボール球に手を出す長野を見かね、動体視力の検査を受けることを本人に対して冗談交じりに提言しました。これをまじめにとらえた長野は検査を受けに行き、結果として動体視力は衰えているどころか以前よりも向上していることが判明した。

結果としてはやはり右ひざ

傷を負って手術でケアしたはずの右ひざが、原因としています。大きなケガをすると手術して痛みは完全に消えても、脳に〝再発を防ぎたい〟という意識が自然と働いて思うようにかつてのような動きができなくなっているのではないかと。

長野も下記のようにコメントをしていた。

「言い訳になってしまいますが、正直なところ、ヒザが痛い、というか、状態が良くないのは確かです。軸足が不安定だから、下(半身)で粘れない。体勢を崩されたり……。打撃は下半身が重要ですから」

長野久義復活へ?再浮上に必要!

 あれだけの鮮烈デビューを飾った男が、選手会長として坂本のサポート役ではよくありません。キャプテンに首位打者を獲った昨年以上の活躍をしろと言うのは酷だし、30代後半の阿部や村田に全盛期の数字を求めるのも無理がある。だからこそ、巨人には長野の復活が必要なのである。

まとめ

実績ある選手でも怪我をしたら終わり。100%の力が出せずに結果が出せない、体の状態を長年保つって本当に大変だと思いますね。長野はまだ若いので、全盛期のような活躍へ戻せるか期待です。