李 承燁(イスンヨプ)の現在は?巨人時代の成績は?2017年に引退!

韓国球界を代表する国民的打者であり、ジャイアンツの4番バッターを務めた李 承燁を覚えていますか?

李 承燁のプロフィールは?

国籍大韓民国
出身地大邱広域市
生年月日1976年8月18日(41歳)
身長
体重
183 cm
85 kg
投球・打席左投左打
ポジション一塁手
プロ入り1995年 KBO地域優先ドラフト
初出場KBO / 1995年4月15日
NPB / 2004年3月27日
最終出場KBO / 2017年10月3日
NPB / 2011年10月18日
年俸10億ウォン(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
  • 慶商中学校
  • 慶北高等学校
  • サムスン・ライオンズ (1995 – 2003)
  • 千葉ロッテマリーンズ (2004 – 2005)
  • 読売ジャイアンツ (2006 – 2010)
  • オリックス・バファローズ (2011)
  • サムスン・ライオンズ (2012 – 2017)
 

巨人への入団の経緯は?

最初は、ロッテに入団しました。守備位置も、李は本来一塁手だが、ロッテの一塁には福浦和也がいたため、DHや左翼手でも出場するなど守備機会は安定しませんでした。
ロッテに残留との合意報道も出ていたが、ロッテでの起用法に不満があったため、自由契約となります。結果として、ジャイアンツと単年契約を結び、背番号は33となります。

巨人での活躍は?

2006年

 レギュラーシーズンではWBCでの活躍や、高橋由伸、小久保裕紀といった主軸が毎年のように故障していたこともあり、原辰徳は李を開幕から4番打者として起用します。
故障者続出の中でフル出場を続け、なんと打率.323・本塁打41・打点108と来日以降最高の成績をマークしました。

2007年

この年から背番号を25に変更する。2軍降格や7番打者での出場も経験するなど苦しいシーズンとなりました。
終盤に4番に復帰したものの成績は打率.274・本塁打30・打点74に終わる。ク

2008年

 開幕から低迷し、4月14日には早々に登録抹消されました。
ただ、阪神との最大13ゲーム差を逆転してのリーグ連覇に貢献し、クライマックスシリーズでは16打数4安打・2本塁打・4打点の活躍を見せたました。
しかし、日本シリーズでは18打数2安打・12三振の大不振に陥り、チームも日本一を逃しました。

2009年

開幕から絶不調となり、一塁守備もミスが目立ったため、一軍と二軍を往復します。一軍成績は出場77試合、打率.229・本塁打16本・打点36

2010年

開幕一軍入りを果たしたがスタメン起用は少なく、出場56試合、打率.163・本塁打5本・打点11と自己最低の成績に終わった。
11月16日、巨人は翌年の契約を結ばないと通告しましたが、李は「このままでは地元に帰れない。日本のチームで現役を続けたい」と公言し、オリックス・バファローズと契約
したのでした。

李 承燁の巨人での成績は?

やっぱり2006年の活躍が目立っていますね。この年は、本当に彼が居なかったらどうなっていたのでしょうか。



O
P
S
200614359252410116941322.3231.003
20071375835418414830271.274.823
2008451701532138866.248.755
200977257223335116108.229.811
201056108921315531.163.617

李承燁が41歳で現役引退 引退試合

2017年10月4日に現役を引退しました。球団は、韓国サムスンで本拠地の大邱で行われた引退試合となるネクセン戦で2本塁打を放ち有終の美を飾ったのです。

李承燁の引退試合は、入場券2万4000枚分が全て売り切れるほどの人気で、試合が終わると、満員の観衆が「李承燁」と、何度も連呼し、その声が球場を覆いました。韓国では国民的スーパースターだったんですよね。

まとめ

李 承燁は第2次原ジャイアンツになったときに一番活躍選手です!引退はしてしまいましたが、一生忘れることの無い選手でしょう!