【中日】森繁和監督が退団・退任!落合博満やGMへ

こんにちは、ヨシラバーです。

中日の森監督が退団が濃厚のようですね。

落合氏の片腕でもある森繁は球団にGMとして残る可能性もありますね。

森 繁和のプロフィール

出身地 千葉県長生郡一宮町
生年月日 1954年11月18日
身長  181 cm
体重81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1978年 ドラフト1位
初出場 1979年4月9日

森 繁和の監督としては貢献できず!若手投手陣が伸び悩む

 63歳シーズンにして自身初の監督就任となり、監督初就任時の年齢としては1998年に60歳シーズンで監督初就任した権藤博を超え、史上最高齢となり話題となりました。

 また中日では山田久志以来となる投手出身及びOB以外の監督です。

16年のシーズン途中に監督代行となり、翌17年から正式に指揮官に就任、今季は若手投手陣が伸び悩むなど再建できず、6年連続Bクラスと低迷となりました。

どうやら、9月中に辞意を伝えていた模様でした。

森 繁和の野球は?

就任時から、チーム方針として、守り勝つ野球を掲げており、機動力向上を目指すため、足を絡めて1点をもぎ取る野球をチームに浸透させました。

落合博満の信頼が厚い森 繁和

ドラゴンズのコーチ時代は、監督の落合博満からの信頼が厚く、落合から投手の事は一切口出しされず投手起用の全権を任されていたほどです。

落合博満が森 繁和を一番信頼されてるとわかる言葉は?

〈ドラゴンズの8年間で野球界に信頼できる人間を見つけた。私が、またユニフォームを着るなら必ず森繁和を呼ぶ〉

落合にここまで言わせる男なのです。

森 繁和の参謀など著書を紹介

『参謀』

ドラゴンズのコーチを務めた「名参謀」森繁和が、落合監督の素顔から、若手の育て方、強い組織の作り方を、8年間のドラゴンズでのエピソードを例に、余すところなく書いたそうです。

 なぜドラゴンズは強かったのか? 落合采配はどこが凄かったのか? ジャイアンツを苦しめた選手起用の妙、徹底した情報管理の秘策などを、大変興味深い内容です。

勝ち続ける力

森はドラフト1位指名され、タイトルはとったが、ケガにも泣き、開幕投手も抑えも務めて、多様な経験があるから選手たちの気持ちもわかるそうです。

 引退が早かったけど、黄金期の西武から、落合監督の中日まで、23年間、請われてコーチをし続けた。中日での8年間では、5度も日本シリーズに進んだ。そんな森繁和による体験的「教育論」「組織論」「中間管理職論」を、 野球ファンだけでなく、集団や会社で考えながら働く管理者にむけての本です。

軍師の逆襲

落合博満 推薦しています。「優勝するチームをつくらなきゃ、やる意味がない」

「一度は沈没してしまった」チームをいかにして再建するか。
中日復活のためにすべてを注ぎ込んだ本であります。

本では下記が記載されています。

直接目を見て話すこと/教えるでも、話すでもない。見る/引きずらない。切り替えは早く/変わる勇気を持てるか/前に進むために必要なのは反省
/無言のメッセージだからこそ伝えられること/環境の変化が再生のきっかけになる/50を100に見せる戦略/勝っているときこそ先を見据える/組織の強さは人の強さ/育てるとは引き出すこと

まとめ

いまだ落合色が強い中日ドラコンズではGMとして残る可能性が高いです。今度はバックグラウンドで球団を支えることになるでしょうね。