【広島】前田智徳が天才な理由!落合やイチローも勝てない

こんにちは、ヨシラバーです。

プロ野球選手で天才といえば誰だと思います。

おそらく、世の中で一番最初に思い浮かぶのは元広島東洋カーブの前田智徳ではないでしょうか。

なんていったって、googleで「プロ野球選手 天才」と検索をかけるとサジェストにでてくるのは前田智徳だけなのです。

前田 智徳のプロフィールは

出身地 熊本県玉名市
生年月日 1971年6月14日(47歳)
身長  176 cm
体重 80 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1989年 ドラフト4位
初出場 1990年6月6日
最終出場 2013年10月3日

前田 智徳のプロ野球生活は?

理想のバッティングを追求するあまり、結果に納得いかない表情を見せたことも少なくありません。しかし、それほどの才能に恵まれながら、前田智徳は、打撃タイトルとは無縁の現役人生を過ごしました。

 広島のドラフト4位指名でプロ入りし、その卓越したセンスを見込まれて、ルーキーイヤーから1軍でプレーしました。

走攻守3拍子そろった外野手として、瞬く間にレギュラーを勝ち取ります。

 勝ち越しホームランを放ちながら、直前の守備ミスを悔いてヒーローインタビューを断るほど涙したというエピソードは、伝説と化したほど有名です。

 しかし、なんと1995年に、右足アキレス腱を完全断裂。それ以降、走塁や守備などに精彩を欠いたことを嘆き、「前田智徳はもう死んだ」「野球人生は終わった」と自嘲的な発言を繰り返すことも多くなりました。

 相次ぐケガとの闘いで苦悩の日々を送りながらも、カープの中心打者として打率3割前後をマークし続けて、抜群の存在感を発揮し続けた前田智徳。

 2007年には2000本安打を達成します。守備位置もプロ入り時はセンターを守りましたが、脚の故障後はライト、レフトへとコンバート。

 晩年は常時出場が難しくなり、代打の切り札としてプレーしますが、2013年をもって現役から引退しました。

 前田智徳が付けていた背番号「1」は、ふさわしい選手が登場するまでの準永久欠番とされています。

天才前田 智徳の生涯成績は?

プロ通算成績は、2188試合出場7008打数2119安打295本塁打1112打点、打率3割2厘。

規定打席をクリアしての打率3割以上は11回を数えるだけでなく、アキレス腱断裂という選手生命の危機を乗り越えての成績ですから、やはりかなりの重みです。

前田 智徳が天才と言われる理由は?

野村克也

前田が素晴らしい選手なのに自チームのドラフト候補にも上がっていなかった事に対し「なんであの選手がうちのリストにないんだ」とスカウトをきつく叱責した。

山本浩二

「バッティングを見て、驚いた。トップの位置がピタッと決まっていて軸がブレない。フォームも崩れない。相手ピッチャーに関係なく、全て自分のスイングでボールを処理している。だから、打球は詰まってもヒットになる。技術的には何も教えることがなかった。こういう子を天才というんだと思いましたね」

落合博満

「今の日本球界に、俺は2人の天才打者がいると思っている。1人がオリックスのイチローで、もう1人が前田なんだ」と語り、「分かりやすくいえば、前田は『鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』の家康タイプ。イチローは『鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス』の秀吉タイプだと話しています。

イチロー

若手時代のイチローは「あの人(前田)のバッティングにはかなわない」と語っています。

 1994年のオールスター戦では、この年に初出場したイチローはオールスター選出にあたり前田について「真っ先に会いたい」と話し、自らセ・リーグチームのベンチに出向き、初対面の前田に笑顔で握手を求めている

前田 智徳の天才打者といわれた理由を本でもさらに知識を深めるのもいかがでしょうか。

前田智徳 天才の証明

孤高の天才打者 前田智徳

 

まとめ

前田の成績は超一流であります。ただ、怪我があるからこそ凄みをましているのではないでしょうか。

怪我がなかったら、現役時代の前田からは「この選手は野球を辞めたらどうなってしまうんだろうな……」と見るものに思わせる雰囲気がありました。