前田勝宏の現在!球速160km投げ野茂二世と呼ばれた!メジャー挑戦!

2018年7月22日のニチファミで戦力外通告になった元野球選手の特集が放送されるようですね。井川慶選手のほかに野茂二世と呼ばれたMという男「前田勝宏」氏も取材に応じているようです。野茂二世のMといえばオリックスの町広報部長かなと思ったのですが違うようです。

阪神タイガースやニューヨーク・ヤンキースで投手としてプレーしていた井川慶さんが、7月22日に放送される『ニチファミ!「特捜!激撮!張り込みマネースコープ」』(フジテレビ系、毎週日曜19:57~)に登…

前田勝宏さんとは?

プロフィール

1971年の元木世代と言われる生まれです。小久保裕紀、新庄剛志、仁志敏久、前田智徳さんと同じ年ですね。また経歴もすごい。

名前 前田勝宏(まえだかつひろ)
出身地 兵庫県神戸市垂水区
生年月日 1971年6月23日(47歳)
身長 体重 188 cm 98 kg
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
経歴 神戸弘陵→プリンスホテル→西武→アメリカ→中日ドラゴンズ→中国→アマチュア→独立リーグ

日本球界時代

プリンスホテル硬式野球部を経て、1992年のドラフト2位で西武ライオンズに入団。150km/hを超えるストレートを武器に即戦力を期待されたが、西武での3年間は25登板と満足な成績を挙げられなかった。

1995年シーズンオフ、ハワイ・ウィンターリーグで非公式ながら100マイル(約161km/h)を出し注目を浴びる。その後、球団へメジャーリーグ挑戦を直訴。1996年シーズン開幕直前まで騒動は続き、最終的に「ごねてチームの和を乱す選手は不要」と堤義明が最終的にいい実現したそうです。

アメリカ時代

野茂英雄に続く日本人としてニューヨーク・ヤンキースと契約(傘下のマイナーリーグ所属)ヤンキース入団会見では金髪にし、その理由を現地の記者にインタビューされると「アメリカが好きだから」とジョークを交えて発表していた。しかし結果的にメジャー昇格はなりませんでした。

中国、独立リーグ、アマチュアそして引退

2001年帰国した前田さんは中日ドラゴンズに入団しますが1年で戦力外通告。その後中国リーグの興農ブルズ 、イタリアのフォルティトゥード・ベースボール・ボローニャ 、中国の上海ゴールデンイーグルス に在籍するも1年で退団。その後日本のアマチュアのアスピア学園に指導者兼任として入団したり、岩手21赤べこ野球軍団、長崎セインツ、 明石レッドソルジャーズ に在籍。よほど野球を続けたかったのでしょうね。本人の申し出により2010年に引退しています。

現在

現在はスポーツデポ(アルペン)の学園南インター店でアドバイザーとして勤務されているようです。

スポーツデポ 学園南インター店。住所、地図、営業時間、電話番号、デジタルチラシ、イベント情報、設備情報などをご案内します。

エピソード

野茂に続くパイオニア

西武ライオンズ退団後、野茂英雄さんに続く日本人としてニューヨーク・ヤンキースまで経験。 当時日本ではまだメジャー移籍のルールが整っておらずポスティングシステムなどもなかったため、前田投手は3500万円でヤンキースへ金銭トレード。プロ野球では「任意引退」と公示されたそうです。仲介者は野茂と一緒で団野村(サッチーのお子さん)。

日本人100マイル投手

1995年には100マイル(約161km/h)を記録。しかし非公式の記録だったため幻の日本人100マイル投手と呼ばれたそうです。

でっかい花火とは?

西武の入団時に「前田勝宏はでっかい花火を打ち上げる男です!」と言っていたそうです。この発言は球界の名言として語り継がれています。

まとめ

メジャーに昇格できなかったとはいえアメリカの球界に行ったのはすごい勇気ですよね。複数の球団での経験を生かして指導者での顔も見てみたいですね!